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2004.08.31

最強伝説への架け橋■950402夢の懸け橋《「週プロ大賞」受賞作》

1995年4月2日東京ドーム「4・2夢の懸け橋~憧夢春爛漫」

■掲載書籍
<THEプロレス本No.10> 夢の懸け橋4.2DOME観戦記

※現「カクトウログ」編集部:T.SAKAiの「週プロ大賞」受賞作。週刊プロレス懸賞観戦記としての応募総数212通の中から選ばれた。「夢の懸け橋」とは、週刊プロレスの発行元であるベースボールマガジン社が主催したプロレスオールスター興行です。

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     最強伝説への架け橋 T.SAKAi=文

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 改めて言うまでもなく、戦後の日本人を勇気づけたのは、ブラウン管の中で憎き外国人レスラーに空手チョップを見舞う力道山の姿である。「強い者への憧れ」はいつの時代も在り続け、力道山なき後も、G・馬場とA・猪木がその受け皿たりえた。NWA世界王者と渡り合う馬場。異種格闘技戦を勝ち抜く猪木。両者がプロレス・ファンとともに培ってきたのが、「プロレスラー最強伝説」である。

 その最強伝説があったからこそ、ファンは「ルールにのっとって行われない」摩訶不思議なスポーツを愛した。世間からの冷たい目も経験した。しかし、その目をモノともしない強さが、馬場・猪木にはあったのだ。

 プロレス多団体時代突入した今、この最強伝説はもろくも崩れている状態だ。離合集散を繰り返した果てに、団体数は30近くにまで膨れ上がっている。馬場・猪木とともに生きてきたプロレスラーにとって「プロレスラーと呼ぶことにプライドが持てない」レスラーが横行している。

 ここでプロレスを一つのジャンルと割り切り、「最強」云々と切り離して考えれば、ファンは安住の地を獲得する。しかし、それでいいのか。あなたは「強さへの憧れ」とは別次元のプロレスを観たいのか。いや、けっしてそうではないはずだ。

 『夢の懸け橋』を生んだのは、実はこうした現状を許せなかったプロレス者たちのパワーだった。5・3福岡ドームを直後に控えた新日本が、自団体の興行との客の喰い合いというリスクを背負ってまでも出場したこと。C・カーニバル真っ只中だった全日本が、遠距離移動というハンデを背負ってまでも参加を決断したこと。週刊プロレスとの関係が取り沙汰されていたリングス(前田日明)が、他団体に先駆けて出場を決めたこと。そこに、プロレス界のプライドが、しっかりと見えた。

 そして、私が当日のドームにおいて、ダイレクトに耳から得た結論。ファンに最大級の支持を受けたのは、新日本・全日本そして前田の三者であった。新日本・全日本は馬場・猪木の流れをくみ、「最強であることを披露しながら闘う」本来のプロレスに最も忠実である。その積み重ねが、この日の大歓声につながっていたし、ドームでも堂々と闘った。いくつかの瞬間で既成の最強伝説を崩してきた前田もまた、カリスマとしての声援を受けていた。これは前田への応援というより、もう一つの最強伝説への声援に思えた。

 様々な団体が横並びに競演した場だからこそ、得られる真実がある。歓声というプロレスにおける最大の尺度は、「最強伝説」への支持を明らかにした。だが、全日本と新日本あるいはUWFという運動も、多団体時代による最強伝説崩壊に歯止めをかけられていない。そういった部分へのはがゆさと怒りは、彼らの試合を観て果たして収まったか。

 いや、不十分なのだ。怒りをぶつけるべきなのだ。そう心の中で叫んだファンが、6万人の中に数パーセントはいたはずだ。そして、団体同士がお互いの領域をけっして侵そうとしなかったこの日に、感情を抑えきれなかったのが、週プロ編集長の山本氏だった。

 「ハシモトーッ!」相手のレスラーがどんなに年下だったとしても、“君呼ばわり”したことは一度もない。その山本氏が、橋本真也を呼び捨てにした。そこには山本氏の“一線”を超えさせる高ぶりが、間違いなくあった。

 「きょうは猪木さんも馬場さんも長州選手も天龍選手もいない。オレたちは、あの4人の人たちに偉大な思い出をいただいたんだよ。だからこれからは橋本選手、みなさん若い人たちでオレたちにいい思い出、ください!」

 それは少なくとも、私の気持ちは代弁していた。偉大な思い出とは「最強伝説」への想いではなかったか。そして、山本氏へ向けられたファンのわずかながらのブーイングは、「本当はプロレス団体の力だけで最強伝説を守ってほしいのに」というはがゆさから生まれたのではないか。

 インディペンデントへの声援が間違ったものだとは思わない。ただ、そこにあるのは、いわば「アンチ最強伝説」である。「最強伝説」と「アンチ~」が勢ぞろいした『夢の懸け橋』は、プロレスに関わる者に何かを投げかける一度きりの時間となった。

 最強伝説という原点を大観衆の前で再確認したプロレス界は、文字通り「レベルアップしていきます!」(橋本)へと向かっていく。多団体時代は、最強伝説を取り戻しながら、淘汰へと向かわなければ嘘だろう。

 上っ面の開発至上主義プロレスは、いつかもろく崩れていく。『夢の懸け橋』から阪神・淡路島被災地へ500万円が寄付されたが、被災地の復興を願う志は、最強にふさわしいプロレス基盤づくりへも向けられるべきではなかろうか。戦後50年の今、私たちのプロレスへの新しい関わり方が求められている。■□

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