前田日明、会見前後を完全再現
先週のプロレス専門週刊誌が報じた前田日明復帰会見。週刊誌『週刊プロレス』1243号(2/9号)と『週刊ゴング』1058号(2/9号)をもとに、会見前後を再現してみる・・・
* * *
1・22上井文彦氏記者会見「スーパーバイザー前田日明紹介」自体は、瞬く間にネットで世界中に配信された。だけれども、より深くレポートするであろう専門誌の誌面をもとに、会見でごっちゃに聞こえていた情報をいちど時系列で整理したいと思っていた。今日はそんなことをやってみます。補足情報もあります。
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┃会見前┃
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▼ 1984年4月11日 第一次UWF(旧UWF、ユニバーサル)が旗揚げ。24歳の前田日明が参加。上井文彦氏は8か月に渡り給料も貰わず、たった二人の部下を連れて営業活動。
~第一次UWFの団体消滅ととともに、前田も上井氏も新日本にUターン。その後、前田は第二次UWF(新生UWF)として独立。解散後、リングス設立~
▼ 2002年2月15日 RINGS 『WORLD TITLE SERIES ~ Grand-Final ~』リングス解散興行(横浜文化体育館)
これを機に前田はマット界をいったん離れる。
┏2004年
▼ 6月28日 前田日明が中嶋勝彦を指導
愛知県江南市の日本空手道・璞名館(はくめいかん)(武内惣代表師範=館長)において「前田日明格闘術セミナー」が行われる。
▼ 10月中旬発覚 上井氏が新日本プロレス(取締役を務めていた)を退社
▼ 退社した上井氏に電話が入る。璞名館・武内館長「上井さん、これからどうするんですか。前田さんのこともどう思っているんですか。新しいことをするには前田さんの力が必要だ」。
上井氏「前田日明こそプロレス界に戻ってこないといけない人間」。
▼ 10月25日 前田、桜庭、田村ら「U系」大集合~メディカルアドバイザー・野呂田秀夫氏パーティー
▼ 12月16日 新横浜プリンスホテルで再会(密会)
野呂田秀夫氏と武内館長の協力により、前田と上井氏が再会。上井氏がプロレスのビジョンを語るも、お互い硬くなっていて最初は打ち解けない。だけれども、中華料理を食べながら昔話になって和気あいあいで別れる。
上井氏「いま格闘技界を席巻しているヒョードル、ノゲイラさんも、古くはギルバート・アイブルさんもすべて前田さんが発掘してきたんじゃないか。(見る目の確かな前田さんが)今のままではいけないのでは」。
前田「テレビの解説くらいはするよ」。
※その後、武内館長も間に入りながら、何度か連絡を取り合う。
▼ 12月23日 徳島(阿南)のクリスマスイベントに前田がゲスト参加[カクトウログ独占キャッチ]
┏2005年
▼ 会見の数日前、ミーティング
前田と上井氏が二人で会う。
前田「社員もひっくるめて全員が緊張感のあるリングを実現できますか」。
上井氏「できます」「本当のストロングスタイルのレスラーを育てたい」。
前田「それはどういうことですか」。
上井氏「総合格闘技出てもアルティメット出ても勝てる選手」。
前田「そういう分だったらすぐできますよ」。
▼ 会見直前、ミーティング(焼肉)
※こちらいちど1月22日(会見当日)と出しました(ゴングに会見直前とあったので)が、週プロ2/16号の書き方によると別の日付のようです。日付は削除しました。上述のミーティングと同日かもしれません※
前田「プロレスの解説はできない」。
上井氏「じゃあ、前田さんは俺に何をしてくれるというの?」。
リングスのプロデューサーからマッチメークまで全部やってた前田なりの考えがある、と上井氏は解釈。「いかに強い格闘家を連れてきて、どういう技を見せるか」に前田はこだわったという。
▼ 1月21日 レッグロック(武藤敬司所属事務所)からFAX
「上井文彦の第一回記者会見。ビッグなビジネスパートナーを紹介したいと思います」
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┃会 見┃
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▼ 1月22日 16:15
虎ノ門パストラルにて上井文彦氏新団体記者会見
会見には武内館長も参加。普段の新日や全日本会見の2倍かそれ以上の記者がつめかける。
前田がどう協力するかについては、
「自分は育てないです。総合出ても勝てるようになりたいんやったら、最低でもこれくらいの選手に勝てないとダメですよ、って選手を連れてくる」
「ジムの構想も全部出来上がっています。格闘技の道場って体裁だけじゃなく、スポーツリハビリ、能力向上といった専門的なトレーニングができる施設を創りたい」と発言。
育成は施設づくりにとどまるということか。
途中、前田と上井氏が写真のセンター位置を譲り合う場面も。お互いを敬いあう象徴的なシーン。
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┃会見後┃
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▼ 約30分の会見後、上井氏囲み会見
「まず顔見せをすることが必要。その中で誰が一番強いのかという機運が高まったときにトーナメントをやりたい。ファンも心の準備が必要でしょうし」
「猪木さんには絶対リングに上がってほしい。僕が大会プロデューサーなら猪木さんはスーパープロデューサー。猪木さんがいないと僕のリングは成り立たない。前田さんはボク個人のスーパーバイザーで、前田日明が何かをしようと思ったらいくらでも協力できますから」
↓上井氏が前田語録を紹介
前田「天龍vs三沢戦よかったねぇ。さすが天龍さんだよな」
前田「俺は武藤は認めているからね。あいつはアメリカでトップを取ってるんだから。それに主義主張が一貫している。猪木さんのやり方を否定しているのも大したもんだ」
▼ 『週刊ファイト』記者が会見後、上井氏にこっそり聞く「前田の現役復帰、100%ないとみていいんですね」
▼ 18:00前後
携帯サイト『プロレス・格闘技DX』が前田復帰を速報で伝える。
▼ 19:10
カクトウログがBLOGサイトとして世界で(たぶん)最初に反応、「前田日明、プロレス界復帰」を伝える。
▼ 19:11
携帯サイト『週刊プロレスモバイル』が前田復帰を伝える。
▼ 19:30前後
スポーツナビが前田復帰についての速報を数行の記事で伝える。
▼ 19:45
カクトウログが「前田日明、復帰追加情報!」を伝える。
▼ 20:00前後
スポーツナビにも詳報が出始める。
▼ 21:00前後より
他のプロレス系BLOGサイトが前田復帰を伝え始める。
▼ 1月23日
日刊スポーツの関西版が一面で報じる。他のスポーツ紙の一面はプロ野球新球団「楽天」のパレード記事が多し。
▼ 1月26日
前田復帰を報じたプロレス専門誌発売。前田が表紙。
* * *
以上、週プロ、ゴングに加え、『週刊ファイト』紙(1904号=2/2号)も参考に会見前後を再現してみた。いかがだったろうか?
この会見には二つの謎がある。
ひとつはスタイルについて。「総合格闘技に勝てるプロレス」で上井氏と前田は合意しているように見えて、現実に参戦が噂されているのは、天龍源一郎や佐々木健介といったバリバリのプロレスラー。また、前田自身も天龍や武藤敬司を肯定している。どういったプロレスをめざす団体になっていくのか。
もうひとつは育成について。育成を否定しつつも、ジム設立には積極的だ。有望な選手が目の前に現れれば育成にも“乗り出す”勢いを感じてしまう。どうなるだろうか。
それは会見中だけではなく、会見前後も含めてみても“揺れている”不確定情報であることがわかる。(えっ、検証になってない?)
つかみどころがあるようでない前田の意思。会見前後を通じて感じたのは、本心がうかがい知れない前田に対して上井氏が一生懸命向かい合おうとする様子だ。そんな上井氏に対して、前田も熱心さを肌で感じて、自ら関われる線引きをどこに置こうか迷いながら発言している。やはり前田には上井氏が必要であり、お互いは生かし、生かされる関係になりそう。
当初はネットで知ったこのニュースは謎だらけだった。専門誌での再現を加えても解けない謎は多すぎる。だけれども、そこに懸ける上井氏と前田の意欲、そして2人の友情と緊張関係の並々ならぬものははっきりと伝わってきた。
というわけで・・・毎週火曜日は「前週発売分」から独断と偏見で最も印象に残った記事を選ぶ「プロレス週刊誌MIP」の日。第19回は、発売日から選出方法を決めていた。「前田日明会見の完全振り返り記事」をBLOGでつくって、その参照割合が高かった方に星をつけようと。
週プロは会見に3ページ。
ゴングは会見に3ページ、上井氏囲み会見に1ページ、前田表紙解説に1ページ、GK金沢克彦氏の前田記事で1ページ(計6ページ)。
このような謎めいた事件には、とにかく細かく事実を追うことが求められると思う。記者会見にせよ、囲み会見にせよ、多くの誌面スペースを割いて再現していた(しかも見解や追加記事付き)ゴング前田関連記事全般を今週は選ばせていただきました。おめでとうございます!
=通算MIP獲得数 ゴングが星10個目の受賞です!=
週刊プロレス >>> ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
週刊ゴング >>> ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
■□選定=T.SAKAi
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