ビジネス常識を覆せ!-前田日明ビッグマウスへの勝手な期待-
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なかなか全貌が明らかにならない“前田日明プロレス”のビッグマウスイベント。そんな中、「前田日明」で検索してたどり着いたサイト記事を読んで、ちょっと考えてみたこと・・・
* * *
ファンとしての感想をつづっているに過ぎない当サイトも、実力ではなく「前田日明がプロデューサーとしてプロレス界に復帰」という事件によってアクセスが増えてきた(「前田日明」で検索されているのです)。ブログを始めてから半年弱、「検索エンジン」って面白いなと思っているところ。
▼2005年02月07日(月)~ 2005年02月13日(日)
順位 検索ワード 件数
1 前田日明 233
2 柴田勝頼 147
3 上井 52
4 前田 40
5 インリン様 39
6 カクトウログ 34
7 鈴木みのる 23
8 前田プロレス 22
9 新日本プロレス 22
10 中邑真輔 21
あれ、「インリン様」って? あの記事がひっかかってるのかな。とにもかくにも「前田日明」を複数記事で追い続けている当サイトは、検索エンジンが更新されるたびに別記事でひっかかってきているようなのだ。もしかしたら、当サイトの全盛期なのかもしれないけれど(涙)、ぜひ前田日明のビッグマウスが大成功して、当サイトも継続していきたいものだ。
さて、このたび「前田日明」で検索していたら、次のような記事にたどり着いた。
■前田日明再浮上の背景(上)
┗・・・こうして見てくると前田のプロデューサーとして資質には若干疑問符を付けざるをえない。個人のイズムは個人のイズムとして立派だが、時代やユーザーのニーズには結局歩み寄る事ができなかったからだ。無論、そうした頑固さは個人としては魅力的だし、その事が今も彼を偶像視する風潮を生んでいるのは間違えない。だが、プロデュースビジネスは、もっとフットワークの良さが必要とされる仕事だ。
■前田日明再浮上の背景(下)
┗・・・僭越であることは承知で、僕らが前田日明に期待する事をあえて言葉にしておこう(中略)一方、前田のリングス時代の苦闘は、PRIDEの風下の存在には絶対ならないという、意地の戦いであった。もし前田がプロデューサーとして再び格闘技シーンに復帰してくるなら、やはりメジャーへの公然とした反逆を打ち出すであろう事は想像に難くない。
またそれをやれる強い主張と精神力をもった人間は、彼以外に居ない。
もし、その“リベンジマッチ”を本当に成就させようと思うのなら、もう一度「ファンと一体になった“運動体”」の中心に彼が戻る必要があるだろう。悪戯なカリスマ視や、都合のいいアイコンとしてではなく、時代状況とがっぷり四つに向かい合った“改革運動”を先導することこそが、やはり前田日明という人の本質だと思うからだ。
(引用ここまで)
「All About =その道のプロが、あなたをガイド。=」というサイト。多岐なジャンルを扱っている中で、「K-1・PRIDE・格闘技」(ガイド役・井田秀登氏)のページがある。その中での記事だ。
他のブロガーの方で読んでる人も多いのかな? さすがに“その道のプロ”というだけあって、事実をもとに掘り下げられたうえでの見解の数々にはうならされる。無料で読めるのがもったいないと思える記事の数々、とても勉強になった。時間のある方は同サイトを訪れてはいかがでしょうか。ジョシュ・バーネットの話題、ハッスルの話題もあります。
さて、井田氏は前田日明への期待として「格闘技シーンにおいてメジャー(PRIDE)に立ち向かい、時代状況とがっぷり四つに向かい合った“改革運動”を先導すること」を挙げている。確かに近年の格闘技をめぐる動きの中で前田が市民権を得るとすれば、そこにたどりつくのだろう。
氏がこの“結論”にたどり着くには背景がある。「これはあくまで『格闘技』サイドからの境界線の設定の話」と断ったうえで「一定の動作やしぐさを競技の“規定演技”として設定し、その動きの美しさや体のキレを争う、高度に観念的なスポーツ」などとプロレスを定義。「ギミックや八百長などといった一種計測不能な要素で行うのではなく、あくまで“競技性の違い”」で格闘技とプロレスを区分している。(「ハッスル」お前は何者だ(上))
そして、従来のアントニオ猪木・ジャイアント馬場の流れをくむプロレスについては「昭和という時代、そしてリアルファイトビジネスがなかった時代ゆえに作り出せた、過去の栄光でしかない。」(「ハッスル」お前は何者だ(下))と記してあった。
氏が何かを強制しているわけではないけれども、つまみ読みした限りでは、「競技性の違いを認めて、格闘技と違うハッスル(ファンティングオペラ)の方向に突き進む」か「格闘技を突き詰めるか」の二者択一(どちらにも革新性がある)。それがビジネスとして生き残る道であるというのが主張のようだ。
おそらく、この理論は世間の常識として正しい。
だけれども、ボクはやはりプロレスにどっぷりと浸かっている人間ということになるんだろう。その選択肢にはないところを、強引に求めているような気がする。前田が協力するビッグマウスの代表・上井文彦氏が主張(前田も賛同)するところの「総合格闘技にも勝つプロレスラー」にワクワク感を感じてしまうのだ。
相手の力を引き出した上で、それを上回って勝つ、アントニオ猪木の「風車の理論」。時代が変わっても、その快感から逃れられないでいる。アントニオ猪木による“催眠術”は今も生きている。
ボクらは猪木や前田をはじめとするプロレスラーによって、「世間の常識や理論を無謀に超えようとする」挑戦や快感を教えてもらいすぎたんだと思う。前田のプロレスの父が猪木。猪木は上井氏に「いいか上井! 前田日明のイメージを壊すようなことは絶対にするなよ。わかったな!」と言ったという(ターザンカフェ:2・9〝格闘2人祭〟から)。
そして前にも紹介したが、プロという“資格”がなく無制限にプロレス団体が増えていく様について、ボク(SAKAi)はかつて前田に直接投げかけたことがある。
◆SAKAi(司会) いまプロレス団体が増えてまして、こういう状態は・・・よく演劇(の劇団)みたいになってるんじゃないかと(例えられるんですが)。
●前田 でも、リングっていうのは「言葉しゃべる」ところじゃないんですよね。「身体うごかす」ところ。言葉しゃべるんだったら、舞台に立てばいいだけであってね。あそこ(リング)は、観客の肌身に伝えていくところでね。怪我するかもしれない、死ぬかもしれないという気持ちで立つところですから。
(カクトウログ:前田激白・・・名刀「備前長船」の地で叫ぶ!)
プロレスを“演技視”することさえピシャリと寸断する前田の頑固さ。その強い意思によって、“二者択一”にはない「ストロング・スタイル」は実現するのか。かつてプロレスに心を躍らせたファンの「心の中のプロレスラー」(by古舘伊知郎)がつくりだしている今回の前田日明再浮上へのムーブ。これはひじょうにレベルの高い注文である。
小川直也の「男には一生に一度、ハッスルしなきゃいけない時がある」という言葉にも、期待はしたんだけどなぁ(もちろん、彼が今意図している「インリン様たちとハッスル」という意味ではなくて)。
ただ・・・現実的に上井氏イベントが旗揚げに向かっていくプロセスにおいて、いくつかの危うさも目につく。これについては、別の機会で書いてみたい。
[追記]プロレス観を上井氏と語り合ったこととは別に、前田は「プロレス=格闘技であるべき」という主張もしています。『内外タイムズ』(2/9発売分=2/10付)より。
前田「今、プロレスは過渡期。ヘタしたらなくなる可能性さえある。WWEみたいにになるのか。格闘技になるのか。WWEを否定するつもりはないけれど、あれはアメリカだから。日本では難しいよ。日本人がやれば老人ホームの学芸会。どうすればいいか? まあ(自分が協力する)2戦目以降を楽しみにしていてよ」。
■□T.SAKAi
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