さよなら、橋本真也「別れの瞬間に思い出すもの」
pick up ファンが1万5千人以上。長蛇の列は約500メートル先の公園まで。そこにもあふれんばかりの人が待機。たった1人で横浜アリーナが満員になるだけの人を集めた。午後0時半から斎場が開放されたが、焼香できたのは約6000人。残ったファンには記帳で対応。出棺で蝶野は号泣し、沿道を埋めたファンの大半も涙した。橋本さんのテーマ曲「爆勝宣言」が流れると、約1000本の赤い紙テープが霊きゅう車を包む・・・┃炎天下の中を3時間近く立っていた為に、途中で日射病になりそうで・・・@プロレス道場店長さん┃スポーツナビ告別式まとめ┃告別式参列者コメントまとめ┃前田日明、田村潔司、堀江貴文氏(ライブドア社長)も・・・主な参列者┃闘魂三銃士 最後の集結┃小川涙「橋本さんの遺志継ぐ」┃猪木 NYから駆けつけた┃天山誓った…王座は守る┃彼がいたから…健介夫妻は号泣┃興行を中止した草間氏ざんげ┃遺骨は岐阜へ┃猪木が遺骨に叫び「元気ですか~」┃蝶野、武藤、小川が「合同追悼興行」会談
O.NAKANO=文 毎日毎日パツパツの仕事なので本来、メールを見るのは日付が変わった後なのですが、本当にたまたま(カクトウログ管理人からの)メールを確認しました・・・
* * *
橋本の件。[プロレスラーの橋本真也氏が死去]
メールは会社で見ました。
メールをもらったあとなんとなくボーっとしていました。
毎日毎日パツパツの仕事なので本来、
メールを見るのは日付が変わった後なのですが、
本当にたまたまメールを確認しました。
現実感がまったくなく、
インターネットで調べるというような気も起きず、
そのまま仕事を続けていました。
そして考えたことを書いてみます。
別にカクトウログに載せてくれなくていいよ。
そういう風に思ったということを
原稿のように書いて伝えたくて。
そんな感じ。
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人生を積み上げると、
世の中で起こっていることのすべてを知りたいと
思わないようになる。
また現実であったこともすぐ忘れるという能力がつき、
日々をなんとなくこなしていくことができるようになる。
大きな失敗、屈辱、恥、人を傷つけてしまったこと、
出すぎた行動、
敗北。
これから待っている問題は心に留めているが、
過ぎ去ったことは忘れてやっていくしかない。
でも忘れることのできない苦しみがただひとつだけある。
それは「別れ」。
「永遠の別れ。」
ヤング・ライオン杯決勝で蝶野正洋に負けたとき、
「あーこれで橋本真也のエースはないなー」と思った。
トニー・ホームになかなか勝てないとき
「もう見たくないなー」と思った。
天龍源一郎にもなかなか勝てなくて
「どうしようもないな」と思った。
プロレスラーの価値は勝ち負けじゃない。
肝心なのは勝つ試合をできないこと。
小川直也との試合ではスタミナと気力のなさにがっかりした。
ゼロワンでの長州との試合では
負けた長州のほうが明らかに強く見えた。
プロレスラーの宿命はプロレスラーを続けなきゃいけないこと。
アントニオ猪木は「プロレスは9回負けても10回目に勝てばいい。」
と村松友視との対談で言った。
奥にある意味は知らない。
でも10回目に勝つという状態まで
試合を続けなきゃいけないということはわかる。
・・・でもそれはつらすぎること。
しかし苦しみの後はすばらしい試合をしてくれた。
1988年格闘衛星東京ドーム、蝶野と組んでの
vs猪木&坂口征二組戦
第1回IWGPでの長州力戦(NO TV)
IWGP初防衛戦の武藤敬司戦
夢の懸け橋での蝶野戦
G1決勝での武藤戦
高田延彦からIWGPを取り戻した試合。
すべての小川戦。
ドームのメインが橋本だとうれしかった。
G1クライマックスで橋本が勝ち上がるとうれしかった。
今日もいい試合が観れると思えたから。
「別れ」の瞬間はいやなことも含めすべて思い出す。
そしてすばらしい過去を特に強く心に刻む。
そういうことにしている。
(敬称略とさせていただきました)
■□O.NAKANO
[ひとこと]
橋本真也が死んだ日、仕事中ながらいくつかのメールがとびかった。ボクのもとにも。NAKANOくんはずっとノーリアクションだったけれど、きょうメールが届いていた。NAKANOくんとは橋本の試合をいっぱい観た。
橋本が新日本プロレスを大きくした時代は不思議な時代だった。スポンサーはそんなにつくわけじゃなく、レギュラーのTV放映は深夜のままだった。特別番組がたまにあるくらい。でも、ゴールデンタイム時代にはできなかった「全国縦断ドーム・ツアー」なんてとんでもないものができた。
世間的にはどうかわかんないが、ファンとの信頼を重ねる闘いがあった時代。闘魂三銃士はそこを駆け抜けた。
今となっては、「当時だからできた」のか、「橋本真也だからできた」のかわからないシーン。格闘技路線の高田に垂直落下式DDTを決める。小川直也のSTOをDDTで返す。何度もプロレスの奥深さ、大きい意味での強さをボクらに感じさせてくれた橋本の試合。
今はどうなんだろう。総合格闘技なのか、プロレスなのか。なんだか、その中間がなくなりかけている。いい意味での中間が。いや、すべてを包み込むくらいのプロレスが。桜庭和志が苦しんでいる。永田裕志が高阪剛をバックドロップ・ホールドで仕留めた試合は、かなりいい線をいってた。だけれども、全体的にはグッと減っている。
格闘技全盛となる過程において、闘魂三銃士が観せ続けてくれたもの。それは、プロレスの最後の抵抗だったんじゃないかと思えてくる。橋本の合同葬の“イベント化”がビジネス視される向きもあるが、将来的にビジネス上プロレスが成功していく布石くらいのものにしてほしい。「闘魂三銃士全盛時代の最後の抵抗」続編、そこにファンは喜んでつきあうよ。
・・・橋本さんの告別式、いけませんでした。
新潟出張からさきほど戻ってきたところ。今から、ゆっくりとネットなどで確認してみます。
(T.SAKAi)
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