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2006.01.08

ドームに立った1本の柱が柴田vs棚橋/元GKからのメッセージ

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新日本プロレス、1・4ラストドーム。プロレス不況の逆風が吹く中で「何本の柱が立つか」がテーマとなった。『週刊ゴング』前編集長、あの男がドームの総括を・・・

                * * *

 プロレス記者の方はこういうブログを見ることもあるのだろうけれど“黙殺”するのが通例。しかし、一線を越えてきた記者がいた。『週刊ゴング』前編集長、2005年12月からフリー記者として活躍中のGK(ゴング・カナザワ)こと金沢克彦氏。光栄にもメッセージをいただきました。

 さっそくどうぞ!

                * * *


〔カクトウログへのメッセージ/1月7日発〕

 元GKこと金沢克彦です。何と言えばいいのか、本物です(笑)。カクトウログの存在を知ったのは、2004年の9月末ですね。同年3月に業務命令による手書き原稿禁止令が出て、まあ渋々パソコンをいじり始めたわけです。そこで、いろいろとブログを眺めているうちに目に留まったのがこのカクトウログ。

 随分と好意的に業界を見ているし、いわゆるプロレスLOVEが伝わってきました。それにニュースが早くて的確だから、これは情報収集に使えるなあ、と思い時折利用させてもらっていたわけです。

 その一方で、前田日明への特別な感情と新日本プロレスへの捨てきれぬ思いは、半端ではないなあと。また、週プロへの評価が甘いんじゃないかなあとも(笑)。よくよく見ると管理人の名前はT・SAKAI。もしやと思ったら、やっぱりSAKAIクンでした。

 かつて中国地方発のプロレス会報誌を発行していた彼は、週プロの読者リポート企画で「週プロ大賞」を獲得したことがあるということで、まあ週プロ寄りだったんですね。ところが、10年ほど前、「ゴング」新日本担当記者の私にオファーが来て、その会報誌のインタビューを受けたんです。もちろん、これが私にとっては初インタビューでした。

 あれから10年近くが過ぎて、彼はプロレスを卒業するどころか、ますますもってのめりこんでいる様子。いやあ、呆れたというか素晴らしいことです。この作業を生業ではなく、ライフワークと位置づけしたからこそ出来るのではないでしょうか? この世界に20年弱、浸かってきた私なんかは、もうかなり傷んでいたり、ホコロビが出たりしている箇所もありますから。

 ところで、なぜ私がこういったメッセージを綴る心境になったかといえば、これも一つの恩返しかもしれません。一昨年の10月、編集長を退任する際と、昨年11月末に「週刊ゴング」の版元・日本スポーツ出版社を退社するにあたり、カクトウログでは、金沢という男が過去どんな仕事を積み重ねてきたのか、そこを一番大切に考慮した上で、一つのトピックとして扱ってくれたからです。GKといえども、岐路に立てば過敏になります。そんな時に、それが当たっていようといまいと、SAKAIクンの綴る文章は自分の苛立つ心に癒しを与えてくれたのです。

 さて、肝心の1・4東京ドーム大会。皆さんはどう感じたのでしょうか? 私は放送席にいて、リングサイドの観客の熱のなさに愕然としました。試合は悪くない。でも熱がない。つまり、ドーム・プロレスは否応なく一段落なのです。ビッグマッチは1万人キャパの会場から作り直す時期なのです。

 未来が見えたのは、柴田VS棚橋戦。まるで前田VS藤波でした。プロレスは独りではできない、ということを改めて知らしめましたね。柴田と棚橋は辛うじてドームのリングに1本の柱を建てたのではないでしょうか?

 最後に私見ですが、もうプロレスの報道もモバイル時代に入ったような気がしています。つい最近まで週刊誌をやっていた人間の言うことかって?(笑)。いやいや、もうゴングにいたこと自体が何年も前のことだったような気がしているんです。

 とはいえ、テレビ、携帯モバイル以外の紙媒体にもこれから徐々に出て行く予定です。カクトウログの情熱に負けないように、44歳の弛んだ肉体にムチ打って(笑)。そうだ、GK嫌いの連中の期待にも応えておきましょう。

 どんな小さな媒体から発信しようとも、
「俺の仕事がど真ん中だ!」と言っておくぜ。

                * * *


・・・以上、原文ママ。文中太字加工はカクトウログでさせていただきました。SAKAiよりいくつか補足を。

▼存在を知ったのは、2004年の9月末
→ カクトウログ旗揚げが2004年8月末ですから、けっこうスグ。サイトでつながっているって縁ができていくってことなんだなと実感。

▼週プロの読者リポート企画、まあ週プロ寄り
→ 確かに「ターザン山本!」氏に好意的な記事
・ カクトウログ: 最強伝説への架け橋■950402夢の懸け橋《「週プロ大賞」受賞作》

▼会報誌のインタビューを受けた
→ 地方発信プロレス会報誌に関わっていたとき、他の会員がインタビュー。ボクは出来上がったインタビューを読んだだけなのですが、会に協力いただきました。

▼日本スポーツ出版社を退社するにあたり・・・
→ 本人もご覧になっていたんですね。記事はコチラ。
・ カクトウログ: 金沢克彦氏、ゴングを退社 2005.11.30

 金沢克彦氏はフリーになってからも、各種メディア原稿記事だけではなく、携帯サイトKamiproHand金曜コラム「金澤克彦の『やがて鐘は鳴る』」、テレビ解説で活躍中。言うまでもなく、プロレス界のご意見番。

 多忙な中、メッセージを寄せていただいたことに大感激。しかも、けっこう当サイトを見てくださっているようで。書き手のボクのことも分析されていて恥ずかしい(笑)。

 ウチが特別ってわけではなく、記者の方でブログを読んでる方、ブログをやっている方で関係者・記者からのメールを受け取った方って多いんじゃないでしょうか。でも、公然と“触って”くるのは特別な記者だと思いました。こういうことをした記者に対しても、公開したサイトに対しても、絶対どうこう書き込むようなネット掲示板もありますからね(笑)。

 でも、感じたら、走り出す。プロレスMVPを獲った小島聡が小さなビッグマウスラウドに乗り込む。ブルーザー・ブロディがインディー団体をチェーン振り回して闊歩する。氏はプロレスラーなんじゃないかと。金沢さん、ありがとうございました!

 ブログを続けている中で1度くらいこんなことがあってもいいでしょう。今回は、いつもと趣向の違う記事をお届けしましたよ。

 また、氏の柴田vs棚橋の分析は興味深い。ボクなんかは単純に「柴田はスゴイ!」なんて思ってたんだけど、観戦仲間の藤波ファンからも「棚橋と息が合うんだろう、だからスタミナも切れない」って声が聞かれた。あれはかつての「前田vs藤波」・・・なるほど。知ってか知らずか、テレ朝も確かに前田vs藤波の映像を使っていた。東京スポーツ新聞社制定、1986年のベストバウト

 BMLサイドは「柴田の技を受け止めた棚橋」に敬意を感じて、リベンジも受けて立つ姿勢。だけれども、柴田には2連勝でも3連勝でもしてほしい。これまで順風な棚橋には壁が必要だし、柴田は自らを確立しなきゃいけない。

 最後に。金沢氏が言うように、モバイル時代。あとブログ時代だとも言えると思う。モバイルやネットの前では、有名・無名は関係ない、誰もが同じ条件で情報が発信できるようになった。

 ただ、ブログでできることは、感じたままをファンとして書くってこと(趣味の時間内で)。そこは、団体との関係を気にしなくちゃいけないマスコミや記者とは違う(その代わりカクトウログでの収入は一切ありませんけど)。好きな団体に対してもボクは厳しいことは書くし、誰に見られているってことは気にせず、ファンとしてこのサイトでは自由につづっていきたいと思う。時には金沢氏に噛みつくこともあるでしょう。書くのも読むのも自由。それが強み。

 そして、読み手にとって、たまに何か感じるものがあるような、そんなカクトウログでいれるようにコツコツやっていきます。

■□メッセージ=金沢克彦氏 補足=T.SAKAi
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