田村潔司vsジョシュ・バーネットの裏テーマ
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昨年11月23日に行われた「U-STYLE Axis」での田村潔司vsジョシュ・バーネット。堀江ガンツ氏がこの試合を「もう1つの“追悼試合”」と解説した・・・
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U-STYLE の大規模興行版として年数回行われていくだろうと思われた「Axis」だが、第2戦の話題は出てこない。「Axis」旗揚げ戦は客入り、盛り上がりとも厳しかった・・・。
UWFの申し子であり、赤いパンツの頑固者。彼だけにしか見えない行動基準、判断基準は、ファンをときには燃えさせ、ときにはガッカリさせる。
▼2005年11・23「U-STYLE Axis」有明コロシアム
<第7試合 メーンイベント 20分1本勝負>
○田村潔司(日本/U-FILE CAMP.com)
(16分10秒 腕ひしぎ逆十字固め)
×ジョシュ・バーネット(米国/新日本プロレスリング)
・ 来春Axis第2弾、課題とは何か?(カクトウログ)2005.11.25
・ 11・23U-STYLE Axis、有明コロシアム速報観戦記まとめ(カクトウログ)2005.11.23
「U-STYLE Axis」の会場パンフレットでも巻頭言を書いていた堀江ガンツ氏。1/24更新分「KamiproHand」にてこんな記事を。タイトルは「もう一つの“追悼試合”田村潔司vsジョシュ・バーネット」。
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・ 最高の(橋本真也さん)“追悼試合”となった小川vs吉田とともに、2005年、忘れられない試合がある。田村潔司vsジョシュ・バーネット。
・ ジョシュは第2次UWFのTシャツを着て入場。「U.W.F. ROAD FEBRUARY 27」とあった。地方大会のTシャツだということはわかったので、「ジョシュもマニアックだなぁ~」と呆れたものだが、あとで調べてみると、「U.W.F. ROAD」とは、1990年2月27日、南足柄市体育センターで行われた、UWFの元練習生、堀口和郎さんの追悼大会だったのだ。
・ 堀口さんは第2次UWFの第2回新人入団テストに合格。デビューを夢見ていたが、89年3月、受け身練習中の事故による脳挫傷で帰らぬ人になってしまった。UWF第1回入門テスト唯一の合格者・田村とは、厳しい新弟子生活をともに送っていた。
・ 田村は堀口さんが亡くなってから15年間、毎年命日に墓参り。
・ 苦しい新弟子時代をともに過ごしたレスラーは「いつか2人でメインイベントを闘おう」と誓い合うことが多い。有明コロシアムは田村や堀口さんが入門テストを受けた88年にUWF初のビッグマッチが開催された場所。堀口さん(追悼興行)のTシャツを着てたジョシュと相対したのは、もしかしたら形を変えた田村潔司vs堀口和郎だったのかもしれない。田村は堀口さんの分まで、UWFという夢を追い続けている。
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そうだったんだ。Tシャツはノーマークだった・・・。
「U.W.F. ROAD」とはどんな大会だったのか。
▼「U.W.F. ROAD」
1990.2.27神奈川県・南足柄市体育センター
練習生、故・堀口和郎追悼興行
中野龍雄vs鈴木みのる
安生洋二vs宮戸成夫
前田日明vs山崎一夫
高田延彦vs藤原喜明
UWFの顔となっていたレスラーたちがもちろん集結。日本人同士、密度の濃いカードが並んでいる。
いくらマニアックなジョシュとはいえ、南足柄大会のTシャツを着るというプランは思い浮かばないだろう。推測だが、このTシャツを着るよう要望を出したのは田村だったんじゃないだろうか。表向きはU-STYLEの拡大をめざしたと見せかけて、何より実現したかったのは“有明コロシアムでの、UWF生え抜き選手2人のメインイベント・・・?
そんなことも田村の価値観の中にあるかもしれないなんて想像すると、ちょっとゾクゾクさせられる。
ファンに伝わろうと、伝わるまいと、関係ない。田村なりの夢。田村なりの価値観。おまけに、期待されたらスカしたくなるという性格でもある。
かつてUWFインターナショナルが新日本プロレスとの対抗戦に乗り出したとき、Uインター所属でたった1人で新日本との対抗戦に出場拒否したのが田村だった。あの判断は、田村の財産となった。格闘技路線からは脱線しないという生き様をファンの頭に刻んだ。
一方で、ここ3年間の大晦日決戦での桜庭和志戦を拒否している田村。ここにどんな判断基準があるのかは、田村本人しかわからない。だけれども、彼の中では1本筋が通った基準や指針があるんだろう。
桜庭戦拒否という“判断”も、いつか後で「田村らしい判断だった」と振り返ることができるんだろうか。それとも、究明されないままに、謎として語り継がれるんだろうか。願わくば、いまいちどボクらを唸らせるような田村の判断が見てみたいと思う。
■□T.SAKAi
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