柴田勝頼インタビュー、HERO’S参戦を語る
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3・12HEROS名古屋決戦への電撃参戦が発表された柴田勝頼。その経緯や思いを、携帯サイト「プロレス・格闘技DX」のインタビューで熱く語った。決戦まで、あと1週間・・・
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船木誠勝とチームを組んで、3・12HERO’Sへの参戦が決定したプロレスラー・柴田勝頼。
・ 柴田勝頼がHERO’S参戦! 船木氏と新チーム結成=HERO’S/桜庭はウクライナの打撃王PLAY BOYと激突
(スポーツナビトピックスまとめ)
2006年9月にビッグマウスラウドを退団、レギュラー参戦の場がなくなっていた柴田。そんな柴田ファンにとっての必須情報源は、携帯サイト「プロレス・格闘技DX」。週1回の連載があるほか、節目節目には必ずインタビューが掲載される。
このサイトにとっても、サイトの名前通りプロレスと格闘技がつながっていくことは嬉しいんじゃないかな。
インタビューは3月3日に掲載。会見時よりもより突っ込んだ経緯や意図を柴田が明かしている。一部を紹介。
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・ (HERO’S参戦)なるべくしてなった気がします。試合が決定した時、長いトンネルから抜け出した気持ちになりました。
・ (船木と練習し始めたのが05年の9月。それからどのくらいで総合がしたいと?)半年ぐらいですね。BMLが分裂した時(※カクトウログ注:正確にはBMLと前田・船木が決別した時と思われる)に相談して『練習は一緒にやっていこう』ということになったんですけど、その後に『総合をやりたいです』と伝えました。
・ (船木の反応は?)嬉しそうでした。『なった!? そうか!?』って(笑)。
・ (今では船木との練習が表に出ることはなかった)今までは“信頼関係”だけでしたから。お金とかコーチ料とかも一切なくて申し訳ない気持ちもありましたけど、練習している時が唯一の救いでした。『練習したくない』って思うことが一度もなかった。
・ 船木さんがBMLの旗揚げ戦で挨拶したときに『総合格闘技にも通用するレスラーをつくる』と約束したんですよ。『誰のこと言ってんだろう?』って最初は思ってたんですけど、練習を重ねていくうちに途中で気付きました。『あ、俺だ』と(笑)。
・ (総合参戦は“必然”だった?)あの時、リング上で約束したことを二人が守ってきただけ。だから他人はナカナカ入ってこられない領域的なものがあると思いますよ。結界が張ってあるんじゃないかな? “悪”は入れないような(笑)。ボクは今後、船木さんの事務所の所属選手として二人三脚でやっていく。今までやってきたことが“仕事”になる。こんな最高の環境、ありませんよ。
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「総合格闘技にも通用するレスラーをつくる」というのは、ビッグマウスラウドが掲げたファンへの公約だった。団体や立場が変わろうとも、その公約を忘れなかった船木と柴田。と同時に、公約を実行する方へと気持ちが傾いていった2人。
当初の「総合格闘技にも通用するレスラーをつくる」に込めた意図は、あくまでプロレスラー養成に重きが置かれていたように思う。船木はかつて「総合は突き詰めると殺し合い」であると敬遠していたし、プロレスラーとしてなら復帰というスタンスしかなかったはず。
しかし、特に柴田がフリーになってからのここ半年間での現実が決定打となったんだと思う。ビッグマウスラウドに残ろうとも、フリーになろうとも、「総合格闘技にも通用するレスラー」の居場所がプロレスにはなかった。
柴田の言うとおり、ビッグマウスラウドでの約束も、フリーになってからの舞台探しも決してムダになっていない。逆に、限られた期間で総合参戦への背中押しをするプロセスとなった。プロレスファンからすると、しばらくプロレスから離れていく様はさびしくも感じるが、柴田の選択は必然でしょう。
インタビューの続き。
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・ (今後はプロレスにも参戦?)平行していくのは難しいと思います。やらないと言い切れない部分はありますけど、そんなに器用じゃないと思うんで。
・ 俺のバックボーンはプロレスです。なんかこう・・・人間である前にプロレスラーでありたい。けど、プロレスラーであると同時にファイターでなければいけない。今のプロレスに対してどうこう言うつもりもないですけど・・・。単純に僕がやりたいから、やるだけなんですよ。自分のことは自分で決める。一度しかないから・・・人生は。
・ (今までプロレスをやってきて)色々ありましたね。特に試合以外の部分でも。全てが経験です。でも逆にそれがなかったら、今はないわけで・・・。
・ (今後はHERO’Sを中心に?)最初は会場の大小かかわらずに、どこかで自分を試したくなったんですよ。それこそ海外の小さい大会とかでもって感じで。今の時点で辿り着いたのがHERO’Sだった。なるべくしてなったんだと思います。実は色々なところを観に行ったり、練習に行ったりもしてました。そして、その一つ一つが全て無駄になってないと思いますよ。
・ (将来的にはトーナメント参戦?)まずは目の前にある試合なんで。試合をみてもらいたいです。
・ (山本宜久選手について)会見の時に僕の印象について『覆面被ってたことぐらいしか知らない』と言ってましたけど、逆に詳しい!って思いましたよ(笑)。覆面被っていたことなんか、僕自身も忘れかけていたことだったんで、ビックリしましたね(笑)。ズッコケそうになりました。
・ (自信があるように見えます)そればっかりはやってみないと。甘く見てもないし、舐めてないですし。まぁ、一つ言えるとすれば・・・やる前から負けること考えるバカがいるかコノヤロー!って事ですよ。
・ (船木さんからコンディショニングのアドバイスも?)それは一年前からやってますよ。食事に関しては摂取する時間まで決まってます。練習の何時間前に飯とか、練習に合わせて食事をするタイミングを逆算って感じです。だから、デニーズだろうが前田さんの家だろうが、船木さんの携帯のアラームが鳴ったら二人でプロテインをシャカシャカ作り出す・・・コレはもう日常の風景ですね(笑)。
・ (ARMSという名前は)例のごとく、船木さんとデニーズでロングタイムミーティング中につけました。
・ (船木さんと行けるところまで行く?)行けるところまで行くと思いますね。ゴールは今のところ決めてない。ゴールを決めてしまったら、本当はもっとできたとしても、そこまでしか頑張れなくなるんで。とにかく今を突っ走りたい。後先考えずに突っ走りたい、今はそういう感じです。
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「人間である前にプロレスラーでありたい」って物凄いセリフだなぁ! 素晴らしい。練習場所も、船木と単にジムでやっていたというだけではなかった。おそらく、いくつかのジムに出稽古に行ってたんでしょう。
食事摂取の時間が決まってたコンディショニングの話はリアル。船木と柴田の本気度がうかがえるエピソードだ。会見でも「この世界は本人が努力すれば、どんどん上がっていける世界」と船木は語っている。このプロセスには自信を持っているんでしょう。うーん、期待してしまうぞ!
船木のブログから。
・ 船木誠勝“MADNESS”:「ARMS始動」
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選手を引退して7年。
柴田勝頼という選手に出会い、技を教え
日に日に強くなっていく柴田を通し、
自分は格闘技に対して新しい発見を、
日々体感しておりました。
やはり格闘技も奥が深いもの。
人生と同じく、格闘技もまたゴールのない道。
3/12「HERO'S」で誕生する“総合格闘家”柴田勝頼という選手の闘いをバックアップしていく事により、
自分も再び総合格闘技界に籍を置く事となります。
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ここからは、柴田の成長を見届けることで、再び(プロレスではなく)総合格闘技へのモチベーションを取り戻した船木の心境がはっきりと読み取れる。
“引退試合”は2000年、ヒクソン・グレイシー戦だった。このままヒクソンが試合をしなければ、あの試合は船木とヒクソンの両雄の引退試合だったことになる。
あの敗北で、UWFファンはとてつもない心の傷を負った。その責任を感じての引退宣言(船木がドーム花道での帰りに突如発言)だったことは想像に難くない。
あの敗北を、当時の同志の鈴木みのるは大きく受け止め、どこかで「自分の見せられる最高のものをみせる」という今のプロレスラー像につないでいる側面があるんだという。こんどはいよいよ、船木が立ち上がる番だ。
7年前の敗北。1年半前の約束。
かつてUWFを追って来た自分。ビッグマウスラウドを追って来た自分。柴田参戦には、“UWF”としてのオトシマエをつけにいく壮大なドラマを求めてしまう自分がいる。一般ファンにとっては、単なるいち選手の参戦でしかない。まったくもって自分は時代遅れだと思うんだが、そこにこだわれるからファンをやめられないし、柴田を応援してしまうのである。
■□T.SAKAi
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