調査報道、敗北か。アントニオ猪木本人とシュート活字の返答
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モハメッド・アリ戦を含む数試合をリアルファイトだと調査報道した『1976年のアントニオ猪木』。話題となった同書の主張に、アントニオ猪木本人とシュート活字が返答した・・・
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相手の技量を引き出した上で勝つ。その競い合いであるプロレスという世界観の中では、「シナリオがあるかどうか」なんて大きな問題ではない。広い意味でのプロレスルールの中では、プロレスラーはいつも“リアルファイト”を闘っている。披露される技術、きしむ肉体、流れる血と汗はリアル以外の何物でもない。
だけれども、そんな見方のファンばかりでは1970~80年代にまたがるプロレス・ブームは起きることはなかった。
アントニオ猪木が希代のレスラーとされるのは、“プロレスルールの中での強さ”と“格闘技的な強さ”の両方を備えた姿を、ブラウン管で見せ続けたことによるものだ。そんな中、『1976年のアントニオ猪木』は、まるで猪木のトリックを明かすがごとく、「リアルファイトだったのは実は1976年の数試合」と結論付けている。数試合だったにも関わらず観客に“猪木の試合はいつもリアルファイト”との幻影を抱かせた猪木は、プロレスを超えて“アントニオ猪木”というジャンルを生んだ。それは、“総合格闘技の延長線上にプロレスがある”という市場を創造したことと同意でもあるとされた。
プロレスと格闘技がまったく区別される国も多い中で、プロレスラーである高田延彦や前田日明が総合格闘技の“象徴”として君臨できるのは、日本ならではの奇異なものなんだという。
そんな『1976年のアントニオ猪木』では、巻末に猪木本人のインタビューを取れなかった“不備”が著者によって明かされていた。「念願の」と言えるだろう、この21日に発売された『Number』では、猪木旗揚げ興行が近づく(猪木サイドが宣伝の場として雑誌インタビューを多く受ける)時流に乗って、『1976年のアントニオ猪木』著者・柳澤健氏が猪木本人インタビューに成功している。
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(結局、プロレスラーの猪木さんがモハメッド・アリとリアルファイトをやったことが現在の(プロレスと格闘技をゴッチャにみてしまう日本市場の)混乱の原因ではありませんか?)
はい、俺にとってはそれ全然矛盾はないんですよね。プロレスはショーだと決めつけても構いませんけど、プロレスは仕掛けあうもので、ある意味じゃゲーム的なものなんです。『あ、そこまでやるのお前』『だったら俺もここまでやるよ』という具合に。そのためには自分が相当自信を持ってコンディションも整えて、相手を自分の手で遊ばせることも必要になる。
(リアルファイトを仕掛けた猪木さんは、その結果とんでもないリスクを背負った。アリのいいパンチが一発入れば、試合はその瞬間に終わってしまうんですから。やっぱりアリとプロレスをやった方がいいんじゃないか、という考えは猪木さんには思い浮かばなかったんですか)
ない。
(最初から?)
たぶん、アメリカサイドではあったんじゃないですかね。
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プロレスと格闘技を区別しない(と主張する)アントニオ猪木に、しつこく「プロレスをやった方がいいんじゃないか」との言葉を使う柳澤氏はナンセンスというか、変化球が投げられない。ついには猪木本人も「プロレスをやる」という言葉をいちいち否定するのが面倒になっている。機転を利かせて猪木は「プロレスをやる」をいわゆる「ケツ決め」と読み替えて、会話を成立させた。もちろん、猪木は全否定だ。
このあとウィリアム・ルスカ戦でのリハーサルの存在について問われた猪木。「みんな好きなことを言うからね」「成功させないといけないという点で、アドバイスというか――」と答え、指摘されたものがリハーサルとまで呼ぶべきものではないことを示した。
猪木の世界観はまったく壊れていないのに、なぜか柳澤氏はインタビューを満足そうに結んでいる。自らの主張「アリ戦など3試合はリアルファイト」「ルスカ戦はシナリオあり」が猪木にも認められたかのような書き方であった。だけれども、猪木の発言を素直に読めば、「プロレスと格闘技を区別しない」世界観は崩れていないとボクは読み取った。
猪木はファンと共有している世界観から逸脱することなく、“調査報道”内容を否定したんである。
とりようによっては猪木は自身の世界観を押し付けただけのようにもみえるが、次の記事をよむと、猪木の発言が裏付けられるように思えてくる。
実話系雑誌『実話GON!ナックルズ』7月号内の記事。ライター名は田中正志となっており(タダシ☆タナカ氏)、シュート活字の担い手である。記事は、題して「『1976年のアントニオ猪木』が迫れなかった猪木の狂気と真相」。
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・ (猪木×アリ戦は)両雄が互いに絶対的な信頼のもとで頭や体を相手に委ねる“仕事”の試合ではなかったとはいえ、柳澤氏が言うように「これぞ真剣勝負!」と定義するには無理がある。
・ 世紀の一戦を裁定した3人のジャッジの判定は、「猪木」「アリ」「引き分け」という結果で、両雄のメンツを守る口約束は忠実に履行された。
・ 当時「ルールにがんじがらめにされた」という(猪木サイドの)逸話があったが、これはアリ陣営と契約交渉でトラブルになった新間寿本部長(当時)のマスコミ向けの弁明である。京王プラザホテルで行われた交渉は終始アリ側の代理人たちに主導権を握られた形で詰めの作業が行われ、その席では「リアルファイトになる・ならない」は議題にならず、実際はルールについての話し合いなどは行われていない。この交渉の議題は、未知なるイベントで、どのようにすれば「両スターが怪我することなく、ショーを遂行できるか」という1点であった。柳澤氏はルールを当時の専門誌報道から引用しているが、それは記者が「考えた」ものに過ぎないことに気づいていない。
・ マスコミもプロレス記者ではない。世紀の一戦に疑問の目を向けるボクシング記者の存在もあって、肝心のリハーサルなどできるわけもなかった。“ショー”であることを察知されることなく、いかにして“ショー”を遂行するか―――そういう意味では、両者は「決着つかずのドロー」というシナリオ遂行のために真剣に戦うという奇妙な試合だった。
・ (『1976年のアントニオ猪木』は)随所に疑問を残す箇所はあるものの、構成は練りに練っており、冒頭のジャイアント馬場や柔道王ウィリアム・ルスカに纏わるエピソードなどはファン必読の内容である。だが本書が、プロレスの内幕を暴露したミスター高橋の著作以降の作品であるにも拘わらず、旧聞に属するプロレス業界関係者の著作や発言を引用してしまい、虚実と事実がごちゃまぜになってしまっていることは残念だ。手法は斬新だが、肝心の真相からはむしろ遠ざかってしまった印象は拭えない。
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『1976年のアントニオ猪木』を“肝心の真相からはむしろ遠ざかってしまった”と断罪!
通常のプロレスと違った試合であることは揺るがないものの、柳澤氏がいうようなリアルファイトではなかった。もともと、ブッカー経験もあり、プロレスのつくり方を知り尽くした(数々の著書としても残してきた先駆者)タダシ☆タナカ氏からすれば、柳澤氏のアプローチには「ほほう、その切り口に踏み込んできたか。だけれども、話題となっている割には・・・」と感じられたんだろう。
以上が、柳澤氏と、猪木本人と、タナカ氏。1976年をめぐる3WAYバトルの骨子である。
バトルの結果は別にすると、『1976年のアントニオ猪木』の読後感はひじょうに気持ちのいいものであった。これはまるで「プロレスを格闘技仕様にみせたUWF」のようでもある。プロレスから無駄なものをそぎ落としたらUWFになった。そんなシンプルな主張は通りやすく、柳澤氏の白黒の付け方は“最高のプロレス”とも言えた。
だけれども、マット界でもUWFは崩壊状態。活字の世界にしっかり構えるシュート活字は、マット界でのグレイシー柔術のようなものか。うっかりグレイシーとの試合をマッチメイクしてしまうと、秒殺されることだってある。
↓プロレス・格闘技情報(紙面・誌面)業界にかかわる潮流は、大きく3つあると言っていい。シュート活字は(3)に位置づけられ、今はミルホンネットという場の中でも発表場所がある。
・ 2006.06.06 カクトウログ: 新日、K-1、PRIDEタブー大全☆2006/書評
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(1)業界専門誌・紙系
週刊プロレス、週刊ゴング、週刊ファイト、格闘技通信、ゴング格闘技、紙のプロレスなど
(2)業界スポーツ紙系
日刊スポーツ、デイリースポーツ、スポニチ、サンスポ、スポーツ報知など
(3)実話誌系
週刊現代、週刊大衆、実話GONナックルズ、実話マッドマックスなど
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そして。いまもなお猪木は自分の世界観や主張を変えることなく、多くの関係者や記者は猪木に振り回され続ける。振り回されることが気持ちよく感じる人と、そうじゃない人の両方がいるから、またやっかいでもあるのだ。
=参考文献一覧=
・ 1976年のアントニオ猪木(柳澤 健)
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1976年のアントニオ猪木
柳澤 健
■内容紹介■
2月ルスカ戦、6月アリ戦、10月パク戦、12月ペールワン戦。
4試合の当事者を世界に訪ね、新証言によって描く格闘技を変えた熱い1年
1976年、猪木は異常ともいえる4試合を闘いました。2月に柔道オリンピック金メダリスト・ルスカと最初の異種格闘技戦を闘い、6月に現役のボクシング世界ヘビー級チャンピオンだったモハメッド・アリに挑み、10月に韓国プロレスの希望の星をたたき潰し、12月にパキスタンの国民的英雄の腕を折り、一族を破滅においこみます。
著者は、当時の試合の当事者たちを世界中に訪ね歩き、猪木の開けた「巨大なパンドラの箱」を描き出します。私たちは76年に猪木がつくりあげた世界観の中にいる――知的興奮にも満ちたこの一冊。
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・ Number_070705
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681号 / 6月21日発売 / 定価530円(本体505円)
◆特別インタビュー◆文◎柳澤健
アントニオ猪木
『1976年のアントニオ猪木』を語る
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・ 実話GON!ナックルズ
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実話GON!ナックルズ 7月号 2007年5月30日発売
特集 極悪宗教団体/芸能界犯罪ファイル
●創価学会/パワー・フォー・リビング/釈尊会/統一教会/摂理/顕正会etc.
●芸能人宝石ビジネス/モー娘。全員喫煙/芸能人レイプ/芸能人万引き
●元右翼活動家が激白!「私は警察の陰謀で100日以上拘留された」
●通り魔か、愉快犯か? 都内某所に出没! 恐怖の尻裂きジャック
●『1976年のアントニオ猪木』が迫れなかった猪木の狂気と真相
●シナリオ、演出、一切ナシ! 実録危険地帯 ザ・地下プロレス
●ニッポン怪奇島巡礼 宮古諸島・大神島 死の〝ウヤガン祭〟
●あっ・・・また落ちた! 「自殺の瞬間」 問題作『ブリッジ』の真偽
●名人漫才師が語る 知られざる「横山やすし伝説」
その他 裏ワイド記事満載
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■□T.SAKAi
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