ビンス・マクマホンも登場。クリス・ベノワ死去、続報
朝からの報道、日本のプロレス・ファンも悲しみに浸った26日。日本育ちの世界王者、クリス・ベノワさんがアメリカの自宅で亡くなった。40歳だった。(写真は夕刊紙「東京スポーツ」が並んだ売店)
・ ベノワさん死亡、無理心中の可能性も(ニッカン)
・ <続報> クリス・ベノワ死去(WWE:NEWS)
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・ ベノワはテキサス州ビューモントで行われたライブショー、並びに日曜日に同州ヒューストンで行われた「ヴェンジェンス」には「家族の緊急事態」と連絡をしたきり会場には現れなかった。
・ 一方で日曜日の午前中にいくつかのテキストメールがベノワによって発信されている。
そのうちの一つはWWEのある部門のVPであるリチャード・へリングに送られており、その結果を受けて郡保安官はベノワ宅の捜索を行った。
・ 住居に立ち入るとクリス・ベノワ、妻ナンシー、そして息子のダニエルの遺体が発見された。WWEには月曜日の夕方の4時ごろ報告があった。
・ 月曜日の午後10時に、捜査に当たったポプ警部補による記者会見が行われた。記者会見では今回の出来事を「自宅における多重殺人事件と自殺」と発表された。
アトランタのローカルテレビ局であるWAGAは「ベノワは妻と7歳の息子を殺害し、その上で自殺した」と報告している。
・ 3人の遺体はジョージア州の犯罪調査研究施設に移送され、火曜日に検死が行われる予定。
検死結果は2週間後に発表される見通し。
・ WWE.comでは調査結果と死因に関する情報を随時報告する予定だが、現段階ではファイエット郡保安局よりサイトでの詳細な情報の公開は自粛するように求められている。
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「ベノワが妻と子を殺害した後に自殺」が現状の報道。だが、正確にはわからないし、わかる時期が来るのかどうかさえもわからない。命を絶ってギブ・アップしなければいけないほどの強敵と、マット外で闘っていたんだろうか。闘いからメッセージを感じ取ることが日常化したボクらは、彼が人生のエンディングをもって投げかけた中身が気になってしょうがない。
このリアルな緊急事態に、ストーリー上で爆死したことになっているビンス・マクマホン氏も復活。
・ WWE:給湯室 現地6/25 RAW(ベノワ追悼番組)結果
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・ ビンス・マクマホン「今夜のストーリーラインは、Mr.マクマホンという私のキャラクターの死に関するストーリーが続くはずでしたが、現実ではクリス・ベノワ、彼の妻ナンシー、息子ダニエルが亡くなりました。今夜の番組はクリス・ベノワに捧げます。彼は偉大なるWWEスーパースターの一人でした。」
・ ディーン・マレンコ「俺は90年代初頭に日本で試合をしていたときに、ベノワとエディに出会った。皆、互いを支持して、頼っていた。彼が非常に用心深く、個人的であったため、本当にベノワについて知れたのは少しだけだ。俺はリング内外でベノワと一緒に過ごせた15年間を光栄に思うよ。皮肉にも俺はこの2年で親友を2人も失ってしまったわけだ。スリーアミーゴスは本来、エディのスープレックスではなく、俺達3人のことだった。彼が必殺技を探していたときに、俺がクリップラークロスフェイスを提案してやった。俺の15年の友達2人が今は一緒にいる。俺はクリスのことを絶対に忘れない。」
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WWEは全力を尽くして、追悼番組に切り替えた。
ディーン・マレンコも日本との関係が深い。ベノワ、マレンコ、エディ・ゲレロといったレスラーたちがWWEでスターとなったこと。それは、日本プロレス界のレベルの高さの証明でもあった。
謎が多すぎる死。しばらくは、死因や背景をめぐっての報道も続いていくんでしょう。ただ、いまのところは、苦しみから解放されたベノワが天国で笑顔を振りまいているんだと信じたい。
こちらのプランも間に合わなかった・・・。
・ 2007.04.14 カクトウログ: IWGPタイトル20周年
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・ 早ければ今夏にWWE、クリス・ベノワを相手に(永田裕志が)防衛戦というプラン
・ ベノワ自身が「オレの第2の故郷であるニュージャパンの35周年に参戦したい」
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レスラー人生、略歴。
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1987年 来日。新日本プロレス道場生に。ペガサス・キッドとして参戦。
1990年 IWGPジュニアヘビー級王者に。
1993年 ワイルド・ペガサスと改名。獣神サンダー・ライガー、大谷晋二郎、金本浩二らとライバル闘争。
1995年 米ECW登場。その後、米プロレス界でスターになり、WWE世界王座奪取。
2007年 WWEスマックダウンからECWに移籍。
2007年 6月、死去(享年40歳)。
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ダイナマイト・キッドを尊敬していた彼は、レスラー人生の途中で改名、“キッド”を卒業した。いつまでも「キッド」では・・・という理由だったと思うが、プロレス界における“称号”を捨てたことはしばらくボクの心の中でひっかかったものだ。だけれども、ベノワははるかに大きな野望と努力をもって、偉大な地位をつかみとって、人生を走り抜けた。決意に偽りはなかった。
クリス・ベノワよ、永遠なれ!
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以下、関連選手のコメント。ソースは、新日本公式、全日本公式、ゼロワン公式、スポーツナビ、健介ファミリーブログ。
■菅林直樹代表取締役社長
新日本プロレスのリングでは練習生から始まり、ジュニアの黄金時代を作り上げたひとりです。その後、WWEでトップにまでたどりついた本当に素晴らしい選手でした。いつかまた新日本プロレスのリングにも上がってほしかった選手です。言葉にならないぐらい、とても残念です。つつしんでご冥福をお祈りいたします
■金本浩二
歳も同じぐらいで本当にビックリしました。自分がここまで来れたのはクリスのおかげです。IWGPジュニアのベルトをかけて2度戦いましたし、すごい思い出深い選手です。ご冥福をお祈りします
■TAJIRI
朝起きたら、いろんな人から電話やメールがあって知りました。ご冥福をお祈りしますと、素直に言えない状況なんですよね。あまりにも近いところにいた人だったんで……。ベノワは日本人が好きでボクにもとてもよくしてくれたし、一緒に移動もしてました。奥さんも子どもも知っていましたし、ロスでやったレッスルマニア21(2005年4月3日)の時には会場に来たボクの家族とベノワの家族で会ったりしてるんですよね。ベノワとは何回か戦ってます。ハードコアマッチも2回やってます。そもそもベノワとボクの戦いがきっかけでECWが復活しましたから。最後に会ったのはボクがWWEを辞める前のどこかのPPV大会で、日本に戻ってからは1回「元気でやってるか」というようなメールが来ました。ベノワはすごい真面目で、人間の鑑みたいな人。ただ自分の中に溜め込んじゃうところもあった。エディ(・ゲレロ)が生きていれば、きっと相談したんじゃないかな。あの2人はとても仲が良かったんで。あんなにいい人がこういう形で人生の結末を迎えるのが恐ろしいです。
海の向こうから、ご冥福をお祈りしています。
■武藤敬司
彼とは新弟子時代からの付き合いで、新日本の道場でよく一緒に練習して いました。とてもストイックで真面目な性格で、厳しい練習にもひたすら耐えて、ケガをしても泣き言一つ言わない選手でした。 WWEであれだけ成功している姿を見て、「彼も頑張ってるな」と、自分自身が大いにエネルギーをもらって、刺激になっていました。プロレスの道をまい進してエンジョイしているな、と思っていた矢先にこんなことになるなんて…本当に驚いています。心からご冥福をお祈り致します。
■カズ・ハヤシ
アメリカ時代にお世話になって、本当にいろいろとよくしてもらいました。ショックです、亡くなったことがまだ信じられません…。心よりご冥福をお祈り致します。
■佐々木健介
実は22年前の今日、プロレス界に入りました。思い出話しをと思ってました。
……でも哀しいニュースが入ってきたんです。
クリス・ベノワ選手(家族)の訃報が…。
彼とは若手の頃、一緒に練習をしたり、試合をしたりして沢山の思い出がありました。
何があったかは正確には発表されてませんが、ご冥福をお祈り致します。
■大谷晋二郎
今現在、あまりに突然の訃報に驚き信じられなくて信じたくない気持ちでいっぱいです。自分がまだ新日本プロレスでジュニアヘビー級で闘っていた頃にクリスとは何度も闘い、そして何度もタッグパートナーとして共に闘いました。クリスと組んで優勝したジュニアタッグリーグ戦、そしてクリスと闘ったWCWクルーザー級初代王者決定戦、ベストオブスーパージュニアの決勝、クリスとの忘れられない試合はたくさんあります。プライベートでも「俺は日本が大好きなんだ!」と常日頃から言っていたのを今でも覚えています。プロレス界の先輩としてたくさんのことをクリスには教わりました。クリスに教わったプロレスに対する思いをこれからもずっと自分なりに背負い頑張っていきたいと思います。
ワイルドペガサス、クリスベノワさんそしてご家族の御冥福を心からお祈り申し上げます。
※追記 6/26までの情報まとめ
・ カクトウログ: クリス・ベノワ自殺、なぜ?
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