カール・ゴッチ訃報 一夜明けドキュメント
28日午前9時45分(現地時間)フロリダ州タンパにて亡くなったカール・ゴッチさん(享年82歳)。このブログでできることは何もないが、せめて関係者が出したコメントを追うことで、故人の功績を称えたい。

▼7/30 09:47 | 前田日明「悲しすぎる出来事」
携帯から。
「日刊スポーツ」紙の駅売りにそえられた文字。
「カール・ゴッチ氏、死す」とあった。
紙面には「死因は肺炎とみられている」との文字も。
坂口征二、前田日明、佐山聡、船木誠勝、山本小鉄がコメントを。
前田日明「あまりにも悲しすぎる出来事なので、書面では語り尽くせません」。
無我の10カウント追悼で涙した西村修、沈痛な藤波の写真も。
以下、追記。
▼7/30 24:05 | 関係者コメントその2
(その1:2007.07.30 カクトウログ: ゴッチさん訃報に関係者コメント)
まず、死因についての情報が出た。
7/30発売分「東京スポーツ」紙(東スポ)より。見出しは「82歳・大動脈瘤破裂で」。
ゴッチさんと最後まで交流のあった無我・西村修によれば、ゴッチさんは2週間前に自宅で倒れているところを知人に発見され、大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)で入院した。手術を受けたが、容体は回復せずタンパ市内の病院で死去した。
西村によると、ゴッチさんは10年以上、家族と断絶していたが、最後は娘と孫たちも面会に訪れていた。ゴッチさんの遺体は一両日中にも火葬される予定。遺灰は「ゴッチさんは奥さんの遺骨をいまだに持っていた。遺骨は、その奥さんの遺骨と一緒に海に流すそうです」(西村)という。
・ プロレスの神様カール・ゴッチ氏が死去…新日本設立に助力(サンスポ)
ゴッチさんは数週間前に自宅で倒れているところを発見され、入院していたという。
・ 「プロレスの神様」カール・ゴッチさん死去…82歳死因は不明(スポーツ報知)
日本の複数のプロレス関係者には数日前から体調を崩しているとの連絡が入っていたが、詳しい死因は分かっていない。
・ 「プロレスの神様」カール・ゴッチ氏死去(ニッカン)
死因は肺炎とみられている。
では、あらためて関係者コメントを追う。
・ 前田SVはゴッチ氏「語り尽くせません」(ニッカン)
前田日明「あまりにも悲しすぎる出来事なので、書面では語り尽くせません」
紹介できていませんでした。訃報が駆け巡った7/29当夜21:00過ぎに、前田日明、船木誠勝がコメント。
・ 東スポ携帯サイト→悲しきアイアンマン: カール・ゴッチさん死去に前田、船木、佐山、藤波、西村らがコメント
前田日明
「ゴッチさんとの思い出はあまりにあり過ぎてここでは語り尽くせませんが、ゴッチさんの指導により前田日明という1人の格闘家がこの世に誕生したのは事実です。一から私を育ててくれた父と言っても過言ではありません。そして日本のみならず、世界中に総合格闘技ブームが到来したのもゴッチさんという存在があったからだと思います。特に日本の総合格闘技界の父でありました。残念ながらその事実を今の日本のファンは知りません。この機会にもう一度、そのことを思い出してほしいと思います。故人のご冥福を心よりお祈りします」
船木誠勝
「あまりにも突然のことで驚いております。ゴッチさんと一緒に過ごした3ヶ月は今でも忘れません。教えていただいた戦う人間の心構え、そしてトレーニング法はいつまでも忘れずに今後も追求していきたいと思います。ご冥福をお祈りします」
・ 初代タイガーマスク 佐山サトル Official blog 虎の穴: ゴッチ先生
佐山聡「カール・ゴッチ先生は、プロレス、格闘技に限らず、私にとって“人生のすべて”でありました。育ててくれて、本当にありがとうございました。先生の“遺志”は、必ず受け継いでまいります。先生は偉大なレスラーであり、人生の先生でもありました。私も若い頃、タンパのゴッチ先生の自宅に住み込み、練習はもちろん食事のマナーや服装など、私生活も厳しく指導されましたが、まじめな姿は生き方の手本。本当に悲しいです・・・。先生のご冥福を心よりお祈り申しあげます」
高田延彦がデイリースポーツ紙上でコメント(リンク記事はなし)。
高田延彦PRIDE統括本部長「信じられない。20歳のころ、タンパのゴッチさん宅で鍛えてもらった、あの時の風景が映像で脳と心に鮮やかに残っている。猛暑の中、練習を終えるとフロリダの暑い日差しを浴びながら、氷がたっぷり入ったグラスに赤ワインを注いでいる、あの柔らかな笑顔が忘れられない。ウエートはやるな、プロテインは飲むな、と口癖のように言ってくれた。もう一度お会いしたかった。そして、お礼を言いたかった。プロレスの神様、カール・ゴッチさん、安らかにお休みください」
・ カール・ゴッチ@高山善廣TAKAYAMA'S Diary ※エベレスト・ジャーマンの使い手。
高山善廣「vs藤原嘉明のエキシビションだったが初めて見る神様の動きを喰らいついて見た記憶がある。【もちろん最後はジャーマンスープレックスホールド】
アレから、俺様もプロレス界の住人【しかもUWF系】となり、いつかはゴッチさんに会いに行こうと思っていたのだが・・・・・・。
最近、プロフェッショナルレスリングについて考える事がありアメリカのサイト等で調べ、また初心に帰りビル先生の教えを受けなければ!と思っていたトコロであった。
宮戸サンにメールをしたら『残念です。ロビンソンを最後に会わせたかったです。』と。
故人のご冥福をお祈り申し上げます」
デイリースポーツ紙上。
G1クライマックス開幕戦となる8・5大阪府立体育会館で追悼セレモニーが行われる予定だ。
・ 坂口相談役も師匠の死惜しむ(ニッカン)
坂口征二「妥協を許さない頑固オヤジだった。(05年にテレビの企画でゴッチ氏の自宅を訪ねた)収録に同行した(二男で俳優の)憲二に、予定以上の1時間も練習をさせて熱くなるところは、昔のままだなと思ったよ。元気だったのになあ」
・ 藤波ゴッチ氏「心の支え」/無我ワールド(ニッカン)
藤波辰爾「本当にショック。僕からゴッチさんをとったら何もない。心の支えだった。(最後に会ったのは昨夏の団体旗揚げ直前だった)その時も人一倍メシを食べて、元気そうだったのに…」。8月11日の東京ドームホテル興行では、追悼行事開催も検討。
・ 「プロレスの神様」カール・ゴッチさん死去…82歳死因は不明(スポーツ報知)
藤波辰爾「頭の中が真っ白のまま、リングに上がりました。残念というよりも、気持ちの整理ができない」とショックを隠しきれなかった。昨年6月に新日本退団と無我旗揚げを報告したのが最後となり「体が悪くて、日本に来てもらうことができなかった。無我の選手全員で会いに行きたかった」
アントニオ猪木「具合が悪いのは聞いておりました。あらためて訃報に触れて言葉もありません。ご冥福(めいふく)をお祈り致します」
・ 西村号泣「宝なくした」/無我ワールド(ニッカン)
西村修「大切な宝をなくした。2週間前に電話したばかり。その後、連絡がとれなくなって心配していたけど…。サムライ・スピリットを持った人だった。本当にありがとうございましたと言いたい」
・ 「プロレスの神様」ゴッチさん死去(デイリー)
西村修「最後に会ったのは6月7日。いつものように元気で、ワインで5、6時間飲み交わし、精神論や日本のすばらしさを語り合った。6年間親交を持たせていただいて『ウソをついたらいけない。人に対してやったことは必ず自分に返ってくる』という言葉が一番印象的だった」
・ 武藤、渕がゴッチさんへ追悼コメント(スポーツナビ)
武藤敬司「ゴッチさんの訃報を聞き、大変驚いております。日本プロレス界の歴史を語る上で、ゴッチさんの死は大きな損失だと思います。心からご冥福をお祈り致します」
渕正信「ゴッチさんの死を聞いたときは本当にびっくりしました。81年のフロリダ遠征でエディ・グラハムの事務所に行ったとき、初めてゴッチさんとお会いして、その場で「トレーニングを教えて欲しい」と言ったら、「明日から来い」と言われて、練習を教わりました。とにかく練習がムチャクチャきつかったのを覚えてます。それと、奥さんが作ってくれた豆腐料理がとても美味しかったのも忘れられないですね。
最後にお会いしたのは、88年に行われた梶原一騎先生の追悼大会『第1回格闘技の祭典』でした。またいつでも会えると思っていたのに……本当に残念でなりません。心からご冥福をお祈り致します」
・ BurningSpirit | ジョシュが語る神様カール・ゴッチ
ジョシュ・バーネット(抜粋)
「ゴッチは新日本プロレス道場のコーチを勤め、ウィガン(スネーク・ピット=蛇の穴と呼ばれたスクール)スタイルのキャッチレスリングを日本のレスラー達に教えた。彼の教えは修斗の創始者佐山サトル、パンクラスの創始者船木誠勝、鈴木みのる、リングスの創始者前田日明など、MMAの先駆者達に多大な影響を与えている。
自分は幸運にも昨年、彼の住んでいるフロリダ州タンパで会うことができた。彼はレスリングに対して確固たる信念を持ち、常に"コンディショニングこそが最高の武器となる"と信じていた。自分は短い時間の中で彼から非常に多くのことを学んだ。そして彼がいなければファイターとしての自分は存在していないこと、そして彼の優秀な弟子達によってキャッチレスリングが我々に伝えられいることを彼に伝えたかった」
* * *
離合集散、裏切りが横行するプロレス界において、これだけの団体・世代を超えた支持を受けていることに改めて偉大さを感じてしまう。コメントこそないが、全日本プロレスで三冠王者の鈴木みのるもゴッチ式パイルドライバーがフィニッシュ・ホールド。また、アントニオ猪木から、前田日明・高田延彦・船木誠勝というラインへの流れが、総合格闘技に発展していく潮流をつくったことをうかがわせる。
プロレスという‘答え’のないジャンルにおいて、彼は指導方法、佇まい、発言のすべてが一貫していた。この人の指導を受ければ、‘答え’に近づくという説得力があった。プロレスラーにとっても、ファンにとっても、よりどころだったゴッチさん。ずっと“神様”が身近にいてくれたことの方が、実は奇跡だったのかもしれない。
カール・ゴッチさん、やすらかに。■□
















































