越中詩郎はメキシコでもやってやるって!
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東スポ携帯サイト、いつまでかわかりませんが、東スポの見出しデコメが無料で作成できるってのをやってる。夕方はちょっとした知人のニュースを見出しにして「すっぱ抜かれてるぞ」って画像メールして遊んでました(というわけで、右は架空の東スポ見出しです)。
さて、本題。視点をリニューアルする情報誌、月刊「サイゾー」9月号が8/18に発売された。ここに我らが越中詩郎が登場! 一部なのかどうかわかりませんが、ネットにも記事が出ている。
・ カルチュアGPS | レスラー・越中詩郎はメキシコでもやってやるって!
・ サイゾー公式ホームページ:ウルトラサイゾー
特にグッときたところはココ。
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「本のオファーが来た時は、すぐにやろうと思いました。これを機会に、今までプロレスに興味のなかった人にも観に来てもらって、『プロレスってすごいな』ってお土産を持って帰ってもらいたい。そのためには一生懸命練習して、リングで熱いものを見せるしかないんですよ」
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世間を相手にした雑誌上でも、メッセージを使い分けるなんて器用なことはしない。聞かれたら素直にプロレスLOVEがさらけだす。この一本気が越中らしい。
かつてのメキシコ遠征。越中にとっては、当時の全日本プロレスに放置された遠征でもあった。
・ 越中詩郎 - Wikipedia
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1983年にルー・テーズ杯争奪リーグ戦で三沢光晴を破り優勝し、翌年ともにメキシコに遠征。サムライ・シローの名で活躍した。なお、この頃怪獣の着ぐるみを着て西武百貨店のCMに出演したことがある。(また、同時期にメキシコに来ていたジャガー横田と親交が出来、後に足首骨折で入院した際に横田が見舞いに来て、「アタシを(嫁に)貰ってよ!」「やだよ!」という会話が雑誌を飾った事がある)
三沢光晴がタイガーマスクとして先に凱旋帰国したことに危機感を抱き、1985年全日本プロレスを離脱、新日本プロレスに押し掛け同然で移籍して帰国。但し、すぐに新日本プロレスに移籍せず、まず当時設立したばかりのプロモーションだったアジア・プロレスに移籍し、そこから新日に上がるという形を取っていた。
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三沢光晴を破って遠征に出たというのに、全日本が呼び戻したのは三沢のほう。このときから、苦労人・越中の運命は早くも始まっていた。
新日本に移ったものの、越中は「自分が、自分が」という試合をやっていたわけじゃない。数多くのレスラーを輝かせ、ジュニア戦士のみならず、闘魂三銃士をも光らせた。
今夏のG1クライマックス。熱い風が彼の背中を押したものの、準決勝進出ならず。進出ならなかったことを、多くのファンが残念がった。まだまだ、越中はやってくれるって!
さて。今回のサイゾー記事タイトルに「メキシコ」が入っている理由は、リンク先記事をどうぞ。
T.SAKAi■□[プロレス部門ランキングはこちら]















































