前田日明、船木誠勝、田村潔司、堀口和郎さん・・・誕生から20年、今もテーマはUWF
pick up 4月5日発売Gリング 前田日明「プロレスは一回終わった」過激なプロレス愛┃ジ・アウトサイダーで、キャプチュードだけではなくリングスの入場テーマも・・・@マット界をキャプチュード!さん観戦記/お疲れさまでした@欲望の街 瓜田純士 東京魔悲夜2008┃世界最大WWE『レッスルマニア24』速報┃新日本・中邑真輔、防衛から一夜明け会見/次期シリーズ主要対戦カード発表/4・13後楽園で金本浩二vs田中将斗決定┃ハッスル・ボノちゃん、ジャイアント・シルバと2連戦┃ホント?IGF4・12大阪府立体育館チケット完売
1988年5月12日、前田日明らによって旗揚げされた新生UWF。この5月でちょうど20年という節目を迎える。ならば、この試合は20周年メモリアルとなろう。
4月29日『DREAM.2』での田村潔司vs船木誠勝まで、あと1か月。船木インタビューが31日、公式サイトに掲載された。
・ 「仕返しだと思って向かってきてほしいです」船木誠勝インタビュー(DREAM公式)
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・ 自分が新日本プロレスからUWFに移籍したときは、すでに彼(田村潔司)はUWFに入門していて、みんなと一緒に混じって練習しましたね。
・ (同じ1969年生まれなんですよね)ええ。で、業界では5年、自分のほうが先輩ですね、はい。でも、当時は“すごい新弟子だな”と思った記憶がありますね。それまでのいわゆる“新弟子”って感じではなく、ちょっと憶えたらデビューできそうな感じで、案の定、自分がUWFに入って2〜3ヶ月でデビューしているんですよ。それで、あるとき、本来ならば自分と前田(日明)さんが試合をする予定だったんですけど、自分が骨折してしまって、その代打で彼はデビュー数戦目で前田さんと闘ったんです。
・ 彼が練習生時代のときは、自分のほうが明らかに強かったですから、そのときの仕返しだと思って向かってきてほしいですね。
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船木の負傷により、デビュー直後に前田日明と対戦せざるを得なくなり、長期欠場につながってしまった田村潔司。妙な因縁を感じさせる2人であるが、かなわなかった夢対決の実現には期待してしまう。
田村潔司の方は、同じ31日、まったく違う方向性の文章をブログにアップした。
・ 03-31 17:57 同期なあいつへ(田村潔司のフルヌードブログ)
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本日3月31日 僕の大切な同期の命日です。
19歳の若さで彼は逝ってしまった。
受身の練習中の事故で・・・
当時19歳の僕は、凄くショックで・・・・辛くて・・・
リセットボタンを押しかけ、この業界から辞めようとも思った。
クソくらい新弟子がいて、代わりはいくらでもいて
あいつは死んでしまう位、頑張った
でも頑張ろうにも・・・って考えてると
僕自身辛かった日々も、辛くなかったんだと思う。
だから、今の僕があるのは、あいつのおかげでもある。
あいつが亡くなって20年目の節目に、僕のブログで伝えたかった。
本日3月31日 毎年の行事、あいつに会いに行ってきます。
あいつに色々報告をしに行ってきます。
あいつの墓石を手で洗ってきます。
好きな飲み物ポカリスウェット2Lをたらふく飲ませに行ってきます。
今リセットボタンを押してしまいそうな人
あの時、リセットボタンを押さなくて良かったと思うようになればいいですね。
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方向性は違えど、これもUWFが背負ったもの。“あいつ”こと堀口和郎さんが亡くなったから20年目に突入したのが、この31日だったのだ。
2006 1/24更新分KamiproHand「もう一つの“追悼試合”田村潔司vsジョシュ・バーネット」(堀江ガンツ氏)より。
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・ ジョシュは第2次UWFのTシャツを着て入場。「U.W.F. ROAD FEBRUARY 27」とあった。地方大会のTシャツだということはわかったので、「ジョシュもマニアックだなぁ~」と呆れたものだが、あとで調べてみると、「U.W.F. ROAD」とは、1990年2月27日、南足柄市体育センターで行われた、UWFの元練習生、堀口和郎さんの追悼大会だったのだ。
・ 堀口さんは第2次UWFの第2回新人入団テストに合格。デビューを夢見ていたが、89年3月、受け身練習中の事故による脳挫傷で帰らぬ人になってしまった。UWF第1回入門テスト唯一の合格者・田村とは、厳しい新弟子生活をともに送っていた。
・ 田村は堀口さんが亡くなってから15年間、毎年命日に墓参り。
・ 苦しい新弟子時代をともに過ごしたレスラーは「いつか2人でメインイベントを闘おう」と誓い合うことが多い。有明コロシアムは田村や堀口さんが入門テストを受けた88年にUWF初のビッグマッチが開催された場所。堀口さん(追悼興行)のTシャツを着てたジョシュと相対したのは、もしかしたら形を変えた田村潔司vs堀口和郎だったのかもしれない。田村は堀口さんの分まで、UWFという夢を追い続けている。
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『新生UWF証言集』(ベースボールマガジン社)より。
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・ なるべくみんなの言うことを聞こうとしたんだけど、聞けない人もいるわけじゃない。それでUWFもそうだけど、俺の一生を通して悔やんでも悔やみきれないのは、海老名君(海老名保さん。練習生。練習中に大怪我、一時、危篤状態に。プロ活動断念)と堀口君のこと(1989年3月30日、練習生の堀口和郎さんが道場での受け身の練習中に痙攣を起こし、病院に運ばれて手術を受けたが、翌日に脳挫傷のため死去)。
・ 堀口君のは、いじめ。ハッキリ言って殺人ですよ。できないことを無理にさせた。自分らができることなら、ここをこうしろって注意できるけど。その前に同じことをやって海老名君は九死に一生を得た。だから俺は「新弟子にできないことは絶対やらすなよ!」って言ったんだよ。
(※当日3月30日の道場に前田は不在、マスコミ取材攻勢の中でのわずかな休暇日)
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プロレスファンで、自分の中にUWFを背負っている方は、『新生UWF証言集』は必ず読んでください。
誰もが夢をみて、関わった人が傷つきもしたUWFは、当事者にとっては重過ぎるテーマともなる。対決を控えた2人が、違ったカタチでUWFを引っ張ってくる。ボクらのUWFはまったく終わっていない。
T.SAKAi■□[本日の格闘技ブログランキング >> ]
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