ロウ・キーがWWEへ入団~これもひとつの“日本帰りは出世する”だったら嬉しいなと思う
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新日本プロレス1・4東京ドーム大会でタイガーマスクに敗退。IWGPジュニアヘビー級王者から陥落したロウ・キーが次の進路へ。週刊プロレスモバイルは「ロウキーが自身のHP上にて、WWEを発表した」と伝えた。
・ www.low-ki.com
サイトでは「ブルックリン出身者が世界へ!」というニュアンスの言葉が躍っている。ブルックリンはニューヨーク州。
以下もご参照ください。
・ 2009年01月10日 American Wrestling House: ロウ・キーがWWE入団を発表
・ 2009年01月06日 中村祥之のオフィシャルブログ 【夢☆なかば】 powered by ZERO1: 記念写真
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バックステージでは色々な方々とご挨拶。Lowkiとも彼の試合後ゆっくりと話をしました。帰国→WWE入りの予定だそうです、すぐにタンパのWWEキャンプへ入りWWEでの本格的なデビューに備えると言っていました。頑張ってもらいたいですね。
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略歴。
・ ブランドン・シルベストリー - Wikipedia
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▼1998年10月10日、ニューヨーククイーンズのLIWFにて「LOW-KI(ロウキー)」としてデビュー。
▼2002年7月17日、フィラデルフィアにて、ROH世界ヘビー級王座をかけたダグ・ウイリアムス、クリストファー・ダニエルズ、スパンキーらとの60分アイアンマン・マッチを制し、同王座の初代王者となる。
▼2002年9月、ZERO-ONEに初来日し、初戦がいきなりタイトルマッチとなった。レオナルド・スパンキーからNWA・UPW・ZERO-ONE認定インターナショナルジュニアヘビー王座を奪取する。
▼2004年、プロレスリング・ノア初参戦。最終戦で、金丸義信が所持していたGHCジュニアに挑戦する。
▼2006年、TNAにてリングネーム「Senshi(センシ)」に改名する。
▼2008年、TNAを退団し、日本の団体への参戦を希望し新日本プロレスに参戦、RISEに加入するも、怪我により欠場。9月に復帰し、G.B.Hに加入しヒール転向。タイガーマスクを下しIWGPジュニアヘビー級王座を獲得。
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デビューからわずか4年で来日。最初がゼロワンだったので、“ゼロワンのロウ・キー”というイメージが強い。日本の団体ではゼロワン→ノア→新日本プロレスに参戦。タイトル戦線に食い込んで、レベルの高い試合を提供してくれました。新日本プロレス内でも、2008年は短い間にRISE→G.B.H移籍と軍団抗争にも“協力”してくれた。
日本がプロレスブームのころ、プロレス界ではよく“日本帰りは出世する”という言葉がよく言われたけれども、そういう意識が本人に少しでもあったら嬉しいなぁ。
とにかく、メジャーデビューおめでとうございます。海の向こうでのロウ・キーが活躍できるよう応援しましょう!
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