没後10年~ジャイアント馬場さん法要に天龍源一郎、川田利明、和田京平レフェリーら50人出席
ジャイアント馬場さんが亡くなったのは10年前。1999年1月31日、東京医大病院にて、大腸癌(上行結腸腺癌)の肝転移による肝不全により死去、61歳没とWikipediaに記されている。
・ ジャイアント馬場 - Wikipedia
没後10年の1月31日(土)には、東京渋谷区の自宅で法要が営まれた。パソコンニュースサイトでの報道は見当たらないが、元ゴング編集長の小佐野景浩氏がブログでこう記している。
・ maikai: 10年という月日を実感
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馬場さんのお宅で御線香をあげさせていただいて、今さらながら10年という月日を実感させられた。お宅には馬場さん縁のレスラー、関係者の方々が多く訪れていた。今はプロレス担当を離れている大先輩の記者、何年もご無沙汰していた業界の大先輩といった方々にお会いできたのは本当に嬉しいことだった。10年も経てば亡くなられた方もいるし、病床に伏している人もいる。人間関係だって変化する。そうした現実の中でジャイアント馬場という人の名のもとにこうして会すことができるのは幸せだし、そうした空間を作ってくれた馬場さんには感謝の気持ちでいっぱいである。
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東スポ携帯サイトより。
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・ 縁のあるレスラーや関係者約50人が出席。法要には天龍源一郎、川田利明、全日プロ・和田京平レフェリーらが出席し、故人の思い出話に花を咲かせた。
・ 元子夫人「ありがたいことですね。馬場さんはレスラーとして体が大きいだけではなく、人としてのスケールも、心も、経営者としても大きな、大きな人でした…。(元子夫人はプロレスとは無縁の生活を送っている)縁のある人たちがこうして一堂に会してくれると、昔のあの頃に戻れるんです。こういう世の中だからこそ、苦しい時に馬場さんのことを思いだしていただければ」
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まだ「格闘技」というジャンルがなく、プロレス中継がゴールデンタイムで放映されていたころ、プロレスファンが馬場派・猪木派に分かれて熱く応援していた時代が懐かしい。
守りの馬場、攻めの猪木という印象が強かったが、没後10年が派手な催しもなく過ぎたことがまた馬場さんらしくも感じられたのである。
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