三沢さんが倒れたリングに小橋・秋山は“不在”だった/「お別れ会」では献花台にリングを使用
本日24日発売の『週刊プロレス』誌、表紙は三沢光晴さん“最後の相手”となった齋藤彰俊&バイソン・スミス、そして三沢さんの遺影。
・ SportsClick:プロレス
三沢さん逝去について追加情報がいくつも綴られている。詳細はご購読を。
三沢さんが倒れたリングに小橋・秋山は“不在”だったことについて言及があった。
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・ 三沢が亡くなってから小橋は、基本的にはいまは話したくないという姿勢だ。そういえば、騒然となる広島大会のリング周りに姿がなかった。
付け人・伊東旭彦「タイトルマッチの前に、小橋さんが『体調が悪い』って言われたから、バスに送りました」。つまり小橋はセミを終えると、選手バスに移動していて、メインの騒ぎを知らずにいたのだ。事態を聞いて病院に駆け付けたのが、三沢さんが亡くなった後の10時27分。
いまだに言葉を発していないのは『すぐに駆け付けられなかった悔しさ』が影響しているのかもしれない。
・ もう一人、リング周りにいなかった重要人物がいる。秋山準だ。(聞いた話によると)秋山はセミに出場した後にバックステージで治療を受けていたという。あの日は動きが悪く、ほとんど試合に出ていなかった。秋山はメイン前すでに腰を相当悪化させていた。後日写真で確認してみると、青コーナーの入場ゲートから這いつくばるようにして、三沢さんのもとへと向かおうとする姿を見つけた。リングに行きたくても自分の力でいけなかったのだ。
腰椎椎間板ヘルニアによる欠場とGHCヘビー級王者返上は三沢さんが亡くなった後で発表されたので、様々な邪推や勘違いを受けそうだが、こんな事実があったことも知っておいてもらいたい。
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ネット情報だけではわからない事実はいろいろあるものだ。小橋も秋山も悔しかったことだろう。あるいは、小橋・秋山の異常事態がなんらかの天からのメッセージだったのかとさえ思いたくなるほどの重なり。
加えて、三沢さんだけではなく、ノアのトップ選手勢がいかに過酷な状況でリングに上がり続けているかが確認できる。いつの間にかプロレスは、リングに上がり続けることさえ困難なスポーツになってしまったのか…。
こうして書いていても、知っておいてほしいような、知りたくないような、複雑な心境に駆られてならない。
三沢さんの通夜と葬儀が16~17日に行われた件(近親者のみの密葬)について、週プロはご遺族の「静かに送り出したい」という非公開希望により、取材を自粛したんだという。一般媒体では報じられていたが、週プロの姿勢は支持したい。
なお、6・8ノア「Southern Navig.’09」の八王子大会に「高山善廣が現在保持する全日本プロレスの三冠ヘビー級ベルトを誇らしげに掲げ、ノアマットに上陸した」という報道があったが、、、
・ スポーツナビ|高山が“パンドラの箱”三冠ベルトを手にノアマット上陸
週プロによると、三沢さんが亡くなった広島大会にも高山は三冠ベルトを持参していたという。“ミスター三冠”が亡くなった日に、そんな巡りあわせがあったのだ!
取り上げるのが遅くなったが、三沢さんの状態に関してこんな記事もありました。
・ 中日スポーツ:三沢さんは3ヶ月絶対安静だった 柔道整復師の酒井さんが証言:格闘技(CHUNICHI Web)
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・ 三沢さんの体をケアしていた柔道整復師・酒井慎太郎さんが三沢さんの体の不調をあらためて感じたのは、4月上旬。食事をしながら体の相談を受けていたとき、三沢さんの付け人で若手レスラーの太田一平から「先生、社長の体を何とかしてください」と懇願された。
・ 「首も腰もダメージが重なり、酷使されていました。触診ですぐに、頸椎(けいつい)と腰椎が変形しているのが分かりました。頸椎は、椎間板(ついかんばん)がすり減って、正常可動域よりも動く範囲がせまい。動かないので周りに脂肪が付きます。トレーニングができないし、運動をやめなさいというレベル。少なくても1カ月、できれば3カ月くらい絶対安静の状態でした。三沢さんは、あごを負傷した太田君に『ちゃんと受け身をとらないと。まだまだ一流じゃないな』とアドバイスしていた。その三沢さんが受け身もとれないくらいだったのか…と」
・ 「試合に出るとしても1、2カ月に1回にするとか…。『もうダメだ』とはよく言っていました。でも、若い選手が多いし、自分が出なきゃという意識が強かったと思う」
・ 三沢さんが亡くなったノアの6月シリーズは、4日に東京で開幕。千葉、静岡、大阪、広島、九州を回り、名古屋を経て、22日、東京で閉幕する。19日間で11試合という過密日程だった。
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ボクらが想像するよりもはるかに残酷なレベルで三沢の身体は…。
23日にはノア役員会が開かれた。新人事の協議だと注目されたが、決定したのは「お別れ会」実行委員会についてのみ。
・ ノア新社長は「お別れ会」以降に持ち越し/リング/デイリースポーツonline
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・ ノアが、選手兼社長の三沢光晴さん(享年46)が13日に急逝後、初めてとなる役員会を23日、都内で開いた。
・ 7月4日に本拠地・ディファ有明で行われる三沢さんの「お別れ会」に向け、実行委員会が設立され、百田光雄副社長(60)が委員長に就任した。
・ ジャイアント馬場さん(享年61)の「ジャイアント馬場お別れの会 ありがとう」を手本とする。99年3月17日、日本武道館にレスラー、ファン、関係者2万8000人が訪れ、同年1月に死去した馬場さんをしのんだ。当時と同じ業者に開催協力を依頼済みで、花道のスペースに巨大な遺影を掲げ、リングを献花台にするという馬場さんと同じ方式が有力だ。
・ エルボーパットやコスチュームなど三沢さんの遺品を展示する案は、リング禍で亡くなっただけに「生々しすぎる」として見送られる方針。敷地の駐車場スペースの開放、選手がホールでファンを迎えることなども検討されている。
・ 新社長就任が3カ月以内に求められる人事問題について、百田副社長は「今の段階では決められない。今は合議制で」とした。次回役員会は、「お別れ会」後の7月5日以降に開かれる。ただ、ノアの筆頭株主は三沢さんで、50%以上の株を保有しているだけに、同副社長は「早い時点で新しい代表を決めていかないと」と話した。まずは、三沢さんの「お別れ会」に全力を注ぐことになる。
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ジャイアント馬場さんのときにはセレモニーで十六文リングシューズがリングに置かれたことがある。されど、今回はリング禍だったことでエルボーパットやコスチューム展示も見送りの方針。
改めて、「三沢光晴お別れ会 ~DEPARTURE~(献花式)」情報を。
・ PRO-WRESTLING NOAH OFFICAL SITE
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三沢光晴お別れ会 ~DEPARTURE~(献花式)
■日時
7月4日(土)
・関係者受付 13時~
・一般受付 14時~
■場所
ディファ有明(東京都江東区有明1丁目3番25号)
・ゆりかもめ「有明テニスの森」駅下車徒歩3分
・りんかい線「国際展示場」駅下車徒歩8分
※ディファ有明内に駐車スペースはございません
※公共の交通機関をご利用下さい
■ご参列いただく方へ
故人を偲び皆様にお花を手向けていただきたく存じます
誠に厚かましいお願いではございますが、献花用のお花をご用意下さいませ
平服でお越しください
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なお、本日の日刊スポーツでは、三沢光晴さんの母校、栃木・足利工大付レスリング部が来年度にもユニホームの色をエメラルドグリーンに変えることを検討中、監督「偉大なるOBの遺志を受け継ぐ」という記事が出ます。
プロレスリング・ノア公式
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