あの“長野県松本市”から、もうすぐ20年経過へ~船木誠勝、鈴木みのるが新生UWFを思い出す
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プロレスが総合格闘技へとつながっていく流れを牽引した「新生UWF(第2次UWF)」(前田日明が率いた)。最後の大会となったのは、1990年12月1日、松本運動公園体育館大会のことだった。
・ UWF - Wikipedia
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第2次UWFは順調に進むかと思われていたが、メガネスーパーのプロレス界参入辺りからフロントと選手間に不協和音が流れ始め、SWS所属選手をリングに上げるか上げないかで前田と神新二社長が対立すると、フロントが全選手を解雇する形で決着し、1990年12月の長野大会では船木誠勝の呼びかけにより欠場中の前田日明を含む全選手がリングに勢揃いし万歳三唱、選手の一致団結をアピールし新団体設立を印象付けたが、これをもって興行は停止した。
その後、選手主体による新団体(当時俗に「第3次UWF」とも称された)を設立する方向に動いたが、各選手の方向性の相違から決裂、翌1991年に新UWF藤原組、UWFインターナショナル、リングスの3団体に分裂した。
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あの“長野県松本市”から、もうすぐ20年。全日本プロレスが同地を訪れた。
・ 09月15日(水) 長野・松本めいてつショーホール 全日本プロレス オフィシャルサイト - 公式ホームページ
プロレスに回帰した船木誠勝がつづる。
・ 長野・松本大会|船木誠勝 「REDZONE」 Powered by Ameba
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長野県松本市
新生UWF最後の大会が行われた場所
あの時は出場停止中の前田さんに代わり
自分がメインでシャムロックと対戦した
あれから約20年
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プロレスに回帰した鈴木みのるがつづる。
・ まつもと…|鈴木みのるオフィシャルブログ「今日も明日も風まかせ~」Powered by Ameba
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今から20年ほど前になる。
当時一大ブームを巻き起こしたUWFが最後に試合したのがコノ松本だった。
青春をブツけたUWF。
たしか安生洋二と30分試合をし、泣きながら「オレたちがUWFだぁ~」と叫びながら闘ったっけ。
間違いなく、忘れられない出来事。
自分の人生を大きく動かしたアノ日…。
なんだか昨日の事のように覚えている。
長野県松本市。
オレにとって特別な街である。
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示し合わせたわけでもなんでもない。二人にとって、あの大会を思い出したのは自然なことだった。しかも、しっかりとした記憶を記している。あまりに必死に生きた場所だったから。
あの日、二人が“純プロレス”に戻ることを予想したファンなんて誰もいなかった。闘う場所は変わっても、自分が輝ける環境をつくっていく姿勢はずっと続いている。
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