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2017.04.02

1986年の藤波辰巳「みんな選手が前田に触りたくなかった」シングル戦舞台裏は当時ファンの見立て通りだった【週刊 前田日明】

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前田日明が足りない世の中に、とことん前田日明を発信してみる。毎週日曜日は、前田日明関連の動きをできる限りカクトウログが追う「週刊 前田日明」の日です。連載第168回のラインナップ▼1986年の藤波辰巳「みんな選手が前田に触りたくなかった」シングル戦舞台裏は当時ファンの見立て通りだった『1984年のUWF』談義は継続! 柳澤健氏「前田日明はUWFをプロレスファンの外側にいる一般大衆に届けた」関西テレビ「桃色つるべ」今後のゲスト出演者予告に前田日明が登場! 関西ファンは続報を待て・・・

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 情報をキャッチしていながら、最新1週間(月曜から土曜まで)で取り上げなかった前田日明の話題、あれば翌週送りせず日曜にまとめる。あと、1週間で取り上げた前田関連記事、主要記事リンクも再集約しておくことにします。
(週刊前田日明バックナンバー →「週刊前田日明」参照)

 この連載を毎週見ておけば前田関連の動きは逃さない!
 理想はそこですが、どうなるか。

※不定期連載となっています(全く週刊になっていません、ごめんなさい)。


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1986年の藤波辰巳「みんな選手が前田に触りたくなかった」シングル戦舞台裏は当時ファンの見立て通りだった

 スポーツ報知における連載で、藤波辰爾が前田日明とのシングル戦実現の舞台裏について言及した(当時:藤波辰巳)。

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・ 【藤波辰爾45周年ヒストリー】(28)前田日明との激闘 1986年6月12日、大阪城ホール スポーツ報知
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 1986年6月12日。32歳の藤波辰爾は、大阪城ホールで前田日明との一騎打ちに臨んだ。

 「前田とは嫌だった。自分だけでなく、あの当時はみんな選手が前田に触りたくなかった」

(途中略)

 「本来、プロレスは、お互いに通じ合うものがある。しかし、UWFの彼らは、従来のプロレスを壊そうと来ているわけだからだから、すり合うことがなかった。始めからスタンスが違う。今の総合格闘技のはしりみたいに関節技、打撃技を思うがままにやってくる。そのスタイルを曲げなかったから当時の新日本の中では誰も触りたくなかった。プロレスが合わない。彼らが参戦してから試合がかみ合わない状況がずっと続いていた」

 迎えた5月。毎年、恒例のリーグ戦でチャンピオンを決めるIWGPチャンピオンシリーズが始まった。シリーズ前のマッチメイク会議は紛糾したという。

 「会議では“リーグ戦だから前田がエントリーしないとおかしいだろう”という意見で一致した。“じゃぁ、前田と誰が相手するのか”となった時に、営業的な部分では万が一、試合中に何か起きたら大変なことになるから親分の猪木さんには触らせたくないとなった。かつての日本プロレスで馬場さんと猪木さんがやらなかったのと同じような感じだった。だったら“じゃぁ自分が行きましょうか”と手を上げた。自分から手を上げる必要もなかったとは思うけど、誰かが前田とやらないと仕方がない。新日本のイメージとか興行的な部分を真剣に考えて、自分が行くしかないと判断した」

 試合は、藤波の予想を上回る壮絶な戦いとなった。

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・ 【藤波辰爾45周年ヒストリー】(29)戦いを通じて分かった前田日明が背負っていたもの スポーツ報知
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 32歳の藤波辰爾は、プロレスへの考えが違うUWFの前田日明との対戦に挑んだ。

 86年5月に開幕したIWGPチャンピオンシリーズ。リーグ戦で優勝者を決める恒例の大会だったが、新日本プロレスは、アントニオ猪木と前田の対戦を避けるため、前年まで全選手総当たりだったリーグ戦を2つのブロックに分け、各ブロックの最高得点者が決勝戦を行う形式となった。猪木と前田は別ブロック。藤波が前田と同じブロックに入った。

 「自分としては、現実として前田のUWFが新日本に上がっているから、どこかで受け入れなくては新日本がリング上で成り立っていかなくなると思った。そんな責任感とある部分、不安を抱えながらあの試合には挑んだ」

 迎えた6月12日、大阪城ホール。試合は壮絶だった。前田のキックを体だけでなく顔面で藤波は受けた。クライマックスが来た。コーナーに押し込んだ藤波の顔面に前田は大車輪キックを浴びせた。右のこめかみからおびただしい血が流れた。試合は両者KOで終わった。

 「今もあの時の傷は残っている。彼は既存のプロレスを壊そうと来ていた。一歩間違えたらいつレスラー生命が終わってもいいような試合だった。前田も後からインタビューで言っていた“蹴っても蹴っても立ってくるからどうしようかと思った“と、それぐらい危険な試合だった。ただ、ファンの反応を見て試合をして正解だったと思う。今もあれぐらいお客さんが手に汗握るというかヒヤヒヤする試合はないと思う」

 試合後、大流血に追い込んだ前田へ新日本の控室は殺気立っていたという。

 「控室では、自分への同情と前田への怒りからいきり立っていた選手がいた。そんな選手には“いいよ、いいよ騒ぐ問題じゃないよ”となだめた。自分も前田に何かを言うとか抗議することは一切、しなかった」

 藤波の複雑な思いとは裏腹に、ファンはこの一戦を名勝負と絶賛。プロレス大賞の年間最高試合賞を受賞した。評価を上げたのは蹴りまくった前田よりも受けまくった藤波だった。「受けの美学」と評され、改めてプロレスラーとしての高い能力が再認識された。

 ただ、その後、両者の一騎打ちは実現しなかった。前田は、翌年の87年11月に6人タッグマッチで長州の顔面を蹴ったことが引き金となり新日本と契約を解除される。その後、新生UWFを設立し爆発的な人気を得た。改めて、あの時の前田日明をどう見ていたのだろうか。

 「長州の顔面を蹴った時は、いずれこういうことが起きるなとは思っていた。UWFでも高田(延彦)、山崎(一夫)、木戸(修)さん、藤原(喜明)は、格闘技の経験がなく新日本に入った純な人間だったから、UWFに入っても新日本の選手とリング上で溶け合ったが、前田だけが溶けきれなかった。前田は、いろんないきさつの中で猪木さんからひとつの時代を託されてUWFを作った。その中には猪木さんの中の夢でもあった総合格闘技的なプロレスを作りたいっていう部分も託されていたのだと思う。同時に前田自身もレスラーになる前に空手をやっていたように格闘技の世界からプロレスに来ているから総合格闘技的なプロレスをやりたいっていうのは彼の夢でもあったのでしょう。彼は彼なりに考えて、そういうUWFという存在を守りたいっていう一心でやっていたと思う」

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 「アントニオ猪木と前田の対戦を避けるため、前年まで全選手総当たりだったリーグ戦を2つのブロックに分け、各ブロックの最高得点者が決勝戦を行う形式となった」との記載が生々しい。長州力らが退団したマット上をUWFで活性化させようという目論見は新日本プロレスにはあったものの、前田の試合スタイルには手を焼く。さりとて過激な顔合わせを望むファンの声を無視はできなかったところで藤波が立ち上がった。

 当時ファンは新日本vsUWFの闘いでイデオロギーをぶつけたものだが、舞台裏があまりにファンの見立て通りだったことに驚かされる。これが面白くないわけがないともいえるし、成り立ち続けるわけもない。よくも悪くも、昭和プロレスは諸刃の局面を多く持ち合わせていた。

 諸刃の象徴のひとつが前田なのであって、今日までのシンパ・アンチの両方を生むというのも当然の結果となる。結果的に前田は一連の闘いと契約解除によって、世間に自身をプレゼンすることで第2次UWFブームにつなげていった。

 前田は藤波戦後に「無人島に流れ着いたと思ったら仲間がいた。そしてその仲間とこれから大きな国を作っていく…そんな心境です」とのコメントを出している。藤波を仲間として国づくりに進むことはなかったが、格闘王としてのイメージを積み上げて外に“国”をつくりにいったのだ。


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『1984年のUWF』談義は継続! 柳澤健氏「前田日明はUWFをプロレスファンの外側にいる一般大衆に届けた」

 『1984年のUWF』と前田日明を巡って、騒がしさがやまない。
・ 高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り【週刊 前田日明】 プロレス-格闘技 カクトウログ

・ 前田史観を巡る攻防! 『1984年のUWF』著者・柳澤健氏vs『前田に謝れ』提唱・徳光康之先生トークバトル詳細版【週刊 前田日明】 プロレス-格闘技 カクトウログ

Uwf1984▼new! 1984年のUWF 1月27日発売!現在のプロレスや格闘技にまで多大な影響を及ぼしているUWF。関わる男達の生き様を追うノンフィクション。佐山聡、藤原喜明、前田日明、髙田延彦……、彼らは何を夢見て、何を目指したのか。果たしてUWFとは何だったのか。この作品にタブーはない。筆者の「覚悟」がこの作品を間違いなく骨太なものにしている

 本としては前田に対して批判的だが、こちらでは前田を肯定するような見出しで著者含む対談記事が出ている。
・ 当時の前田日明は唯一と言っていいぐらいの希望でした――柳澤健×樋口毅宏『1984年のUWF』 (週刊SPA!) - Yahoo!ニュース
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柳澤:猪木さんの「環状線理論」じゃないけれども、前田日明はUWFをプロレスファンの外側にいる一般大衆に届けることができた。だからこそ前田の中では「自分は天下をとった」と思ったんじゃないですかね。

樋口:簡単に言うと、世間一般層にプロレスを届けること。

柳澤:はい。これはプロレスだけではなくて、様々なエンターテイメントが一般的になる時に必須なことでもあるんですが。

樋口:プロレスファンではない人たちにも届く力を前田が持っていた。

柳澤:だからこそ前田は猪木の後継者だと言えたんですよ。あとプロレスの話って樋口さんもお書きになっているし、僕もいくつか書いてますけども、どこか戦国武将の話みたいにね、なんかそれにちょっと近いものがあるじゃないですか。

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 第2次UWFをブーム化した前田の功績は柳澤氏も認めるところではある。ただ、本の主題は“第1次UWF”である1984年寄りであることが話を少しややこしくしている。

 樋口氏は前田ファンとしての複雑な心境も吐露している。
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樋口:(樋口氏自身も含めて前田ファン、プロレスファンは)前田をこんなに悪く言いつつも、他の人が同じことを言ったら、「おまえ何様のつもりだ。表に出ろ」なんですよ。

柳澤:(笑)。

樋口:「俺の前田をよくも貶したな」と。(殴りかかるポーズをしながら)今頃こうですよ。

柳澤:面倒くさいねー。面倒くさいわ、プロレスファン。

樋口:もう、しょうがないんですよ。愛憎ない交ぜのこの思い。前田のことを愛してるし、前田のことを憎んでるし。お茶目でインテリゲンチャなところが大好きだし、札幌でまだ若手だった田村の顔面にヒザを何発も喰らわせて骨折の大ケガをして長期休ませたり、リングス時代に坂田をボコボコにしたり、まるで部活動で自分に逆らえない後輩や生徒に体罰を与える先生か先輩のような、行き過ぎた体育会系なところは軽蔑するし……本当に複雑な気持ちですよ。

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 けっこうわかるなぁ、この気持ち(笑)。それほどまでにボクらは“プロレス界にこうあってほしい”という見方を前田をフィルターとして鍛えてきた。やってくれたぜと称賛したいことも、これはマズいなぁと閉口したこともあった。

 こうして前田をキーワードとしながらの話題を扱っているだけで、蘇ってくる当時の緊張感。2017年になっても、これだけ前田に絡んだ記事が出続けるというのだから。


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関西テレビ「桃色つるべ」今後のゲスト出演者予告に前田日明が登場! 関西ファンは続報を待て

 毎週金曜深夜1:25~1:55関西テレビ「桃色つるべ」において前田の出演が予告されたとのこと。
・ 桃色つるべ 関西テレビ放送 カンテレ

・ 昨夜の『桃色つるべ 100回記念 生放送SP』キャプまとめ!今後のゲスト出演者で、芳根京子、田中要次、前田日明 登場予告も! ももクロ侍

Momotsuru

 日時の明確な記載は見当たらなかったのだが、関西ファンは正式告知を待つべし!

 前田インタビュー掲載情報(3月15日発売)。


Uwf1984▼new! 1984年のUWF 1月27日発売!現在のプロレスや格闘技にまで多大な影響を及ぼしているUWF。関わる男達の生き様を追うノンフィクション。佐山聡、藤原喜明、前田日明、髙田延彦……、彼らは何を夢見て、何を目指したのか。果たしてUWFとは何だったのか。この作品にタブーはない。筆者の「覚悟」がこの作品を間違いなく骨太なものにしている

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 バックナンバー。

□第167回 前田史観を巡る攻防! 『1984年のUWF』著者・柳澤健氏vs『前田に謝れ』提唱・徳光康之先生トークバトル詳細版【週刊 前田日明】
* 前田史観を巡る攻防! 『1984年のUWF』著者・柳澤健氏vs『前田に謝れ』提唱・徳光康之先生トークバトル詳細版
* 前田「去年女の子が生まれたんですよ」ちょっと来いTV収録で第2子誕生を報告。坂田亘フルボッコ動画についても言及

□第166回 高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り【週刊 前田日明】
* 高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り

 【週刊 前田日明】はここまで。
 今週も前田日明を追いかけます!


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