ブッカーKが語る「1988年の新生UWF」~大阪球場&東京ドーム不入り説、神社長横領の噂の内実とは?【週刊 前田日明】
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前田日明が足りない世の中に、とことん前田日明を発信してみる。毎週日曜日は、前田日明関連の動きをできる限りカクトウログが追う「週刊 前田日明」の日です。連載第169回のラインナップ▼ブッカーKが語る「1988年の新生UWF」~大阪球場&東京ドーム不入り説、神社長横領の噂の内実とは?▼前田日明「前田史観って言ってるらしいけど・・・」俺たちのプロレス7号で『1984年のUWF』に反論・・・
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情報をキャッチしていながら、最新1週間(月曜から土曜まで)で取り上げなかった前田日明の話題、あれば翌週送りせず日曜にまとめる。あと、1週間で取り上げた前田関連記事、主要記事リンクも再集約しておくことにします。
(週刊前田日明バックナンバー →「週刊前田日明」参照)
この連載を毎週見ておけば前田関連の動きは逃さない!
理想はそこですが、どうなるか。
※不定期連載となっています(全く週刊になっていません、ごめんなさい)。
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ブッカーKが語る「1988年の新生UWF」~大阪球場&東京ドーム不入り説、神社長横領の噂の内実とは?
今年に入って発売された柳澤健著『1984年のUWF』が火付け役となり、オールドファンの間でUWF熱が再燃している。同書は“前田批判本”とみられるため、ファン間による歴史の答え合わせが盛んになった格好だ。
・ 前田史観を巡る攻防! 『1984年のUWF』著者・柳澤健氏vs『前田に謝れ』提唱・徳光康之先生トークバトル詳細版【週刊 前田日明】 プロレス-格闘技 カクトウログ
・ 高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り【週刊 前田日明】 プロレス-格闘技 カクトウログ
▼new! 1984年のUWF
1月27日発売!現在のプロレスや格闘技にまで多大な影響を及ぼしているUWF。関わる男達の生き様を追うノンフィクション。佐山聡、藤原喜明、前田日明、髙田延彦……、彼らは何を夢見て、何を目指したのか。果たしてUWFとは何だったのか。この作品にタブーはない。筆者の「覚悟」がこの作品を間違いなく骨太なものにしている
そんな中で、第2次UWFの営業部員であり、その後にPRIDE、K-1などで外国人選手ブッカーを務めた「ブッカーK」こと川﨑浩市氏が、「1988年の新生UWF」という視点で取材に答えている。ネット記事として無料で読めます。
・ 証言・「1988年の新生UWF」(前篇)(細田 昌志) 現代ビジネス 講談社(1-5)
・ 誰も語らなかった、新生UWF消滅前夜と「その後」の真実(細田 昌志) 現代ビジネス 講談社(1-4)
答え合わせの観点のひとつ、大阪球場(1989.5.4)&東京ドーム(1989.11.29)不入り説の内実とは?
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──『1984年のUWF』に次のような記述があります。「大阪球場の観客数は2万3000人と超満員を記録。だが実際には、大阪周辺のナショナル(現・パナソニック)の販売店を通じて数千枚の招待券がばらまかれていた」事実そうだったんでしょうか?
川﨑 確かにあの本に書かれているように、松下電器のお店にチケットを配ったのは本当です。「UWF四国後援会」の会長である徳島のフクタレコードの福田典彦さんの、学生時代の先輩の方が松下電器にいらっしゃいまして、その方を通じて依頼したんです。
──あの日の大阪球場は僕も観戦していたのでわかりますけど超満員でした。それが実際はそうではなかったのはショックなんですけど。
川﨑 ですが、「人気に陰りが出た」というのは違います。なぜなら当時のUWFの大阪地区というのは、大阪府立体育会館を超満員6500人が動員の限界。さっきも言いましたように6千枚のチケットなら営業活動をしなくても札止めになったんです。しかし大阪球場は2万3千人。約3倍のキャパなわけです。
──確かに。
川﨑 つまり、「人気に陰り」というより「実際の人気以上に見せるために苦労した」とするのが正しいわけです。それに大阪球場とか大きいハコで興行を打つのは、赤字になったとしても決して無駄ではない。むしろ長い目で見れば黒字興行ですよ。なぜなら、大会を行うことによって、新たなスポンサーさんや企業さんが付いてくれたからです。「ゴールデンウィークに大阪球場を満杯にした」という評判が影響力となって大きく作用したんですよ。それに1万円近いビデオが数千本も売れていますから。
──っていうことは、川﨑さんも本の中で証言している東京ドーム大会も……。
川﨑 あれは大成功ですよ。確かに僕は「パンフレットの売れ残りはあった」と証言しました。ですが、それは単純に作り過ぎただけです。それに、あれはメガネスーパーさんがスポンサードしている大会なんで、大赤字かというとそうでもない。TBSで特番もやりましたから放映料も入ってます。ビデオもかなり売れました。グッズの売れ行きなんか数千万円です。さらに「東京ドームに進出して大成功を収めた」という評判は大きくて、日本衛星放送(現在のWOWOW)の契約が決まるんです。
──なるほど、となると「U-COSMOS」(東京ドーム大会)は大成功だったことになるんですね。
川﨑 もちろん実数は大切ですよ。しかしそれがすべてということでもなくて、興行というのはその後どう続いていくか、どういう影響を及ぼすかということも重要なわけです。それに実数だけでも、その後も大入りの会場はいくつもありました。
例えば90年6月の大阪大会(90年6月21日・大阪府立体育館)なんかまたもや札止め。このとき、売るチケットが足りなくて、売ってはいけない立見席まで売っています。当日券を目当てに来られるお客さんもいるので、会場に怒られるのを覚悟で売りました。ぎっしりでした。
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大阪球場も東京ドームもUWFにとっては初進出であったことからも、『「人気に陰り」というより「実際の人気以上に見せるために苦労した」とするのが正しい』という結論付けは冷静ではなかろうか。団体としての勢いのみならず、スポンサーの食いつきや(団体解散によりかなわなかったが)WOWWOW契約への流れが当時のバブルぶりを感じさせもする。
なお、東京ドーム大会の収支については、『俺たちのプロレスVOL.7』で前田が「赤字じゃないよ!」、川﨑氏が「収支も黒字だったはず」とそれぞれコメントしている。
観点をもう一つ、神社長横領の噂の内実とは?
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──気になるのは、前田さんがたびたび主張されていたように「神社長は会社の金を横領していたのかどうか」です。
川﨑 それについてですが、まず神さんと鈴木さんは、あの時期にマンションを買って、会社でも不動産を購入していたみたいです。当時はバブルでしたから、投機の意味もあったのかもしれません。でもそれが即「横領」だったかというと……ただ、前田さんの不信を買ったのは間違いないと思います。
──ちょっと待って下さい! それはどういうことか、一から説明していただけますか。
川﨑 わかりました。その昔「友&愛」というレンタルビデオ・CD屋さんがあったのを憶えていますか?
──憶えています。当時僕の実家のある鳥取にも店舗があったのでよく利用していました。ブルーハーツとかレッド・ウォリアーズとかよく借りていましたので。
川﨑 で、その「友&愛」のフランチャイズを2店舗経営しているXさんって方がいたんです。またもや高田延彦ファンクラブの会員さんだったんですが。
──また高田ファンクラブだ(笑)。
川﨑 そのXさんというのは、第一次UWFのときから、佐山先生や前田さん、高田さんと仲良くされていた方です。一緒に遊びに行ったり、また、お気に入りの楽曲をダビングして選手に渡したりとかしていました。確か前田さんのテーマ曲「キャプチュード」は、もとはXさんの選曲だったんじゃないかなあ……。第一次UWF時代から、佐山先生も含め、前高山の関東近郊の会場への送迎もおやりになっていたみたいです。Xさんも喜んでやっていらっしゃいましたね。
──まあ、ファンからすれば嬉しいことでしょうね。
川﨑 当時レンタル屋も絶好調で、Xさんは不動産投資も積極的にやっていました。時代がバブルですからね。それで不動産投資を神さんや鈴木さんに勧めていたようです。「ようです」というのは、僕みたいな末端の社員はそんなことは聞かされていなかった。いちいち聞かされる必要もないことなんで。
──確かにそうですけど、どことなく、きな臭い話になってきました。
川﨑 それでXさんと話していると「こないだ神が買った砧のマンションは狭い」とか「鈴木に教えてやった岩槻のマンションはウン千万でさあ」とか僕らの知らない話を色々教えてくれました。それで僕は「あ、社長はマンションを買ったのか」と知ることになるんです。当然、前田さんはそういう話をXさんから聞かされていたはずです。プライベートで友人なわけですから。
──でしょうね。ともかく前田さんがXさんから、神社長や鈴木専務のマンション購入の話をたびたび聞いて「なんでそんなにマンション買うんや。あいつら金をパクってるん違うか」みたいに不信感を募らせたのは間違いないと。
川﨑 多分あったでしょうね。お金の流れをガラス張りにしていないということはないけど、でも忙しくて、経理をガラス張りに出来てなかったのも事実です。それで誤解を招いてしまったんでしょう。前田さんは新生UWF旗揚げ1年目から、経理のガラス張りについて「どうなってるんだ」っておっしゃっていましたから。
──うわあ、なんかいろんな意味でショックだ。
川﨑 それにやっぱり給料ですよ。神さんの給料は最初は月25万円。それが50万円、100万円、後半の頃には200万円になっていたと聞いています。前田さんよりもらっていたようです。前田さんがそのとき調査を依頼していたことを、のちにリングスの経理を担当された方から教えていただきました。僕は正直「取り過ぎ」だったと思っています。
──しかしですよ。柳澤健さんも『1984年のUWF』の中で指摘していますが、昇り調子の企業の経営者なわけですよ。実際身を粉にして働いている。センスもいい。その上努力もしている。そんな企業の経営者ですから、好待遇であるのは当然ではないですか?
川﨑 確かにそうですが、前田さんや高田さんより貰っていいとは思いません。芸能プロダクションに喩えて説明するとわかりやすいかな。創業者であるオーナーが立ち上げて、徐々に所属タレントが加わったようなプロダクションの場合だと、タレントより創業者が貰っていいという理屈は成り立つと思います。なぜなら「このタレントありき」で始まったわけではないから。
──なるほどね。確かにナベプロの渡辺晋さんしかり、ホリプロの堀威夫さんしかり、彼ら自身がもともとプレイヤーで、自分たちのバンドの窓口という意味で起業しています。
川﨑 ナベプロやホリプロが実際どうかは知りませんが、「起業家たる経営者は相応の報酬を受け取る」という企業論理は、彼らにおいては成立するように思います。しかし新生UWFの場合は必ずしもそうではありません。まず選手ありき。それも「前田日明ありき」で始まっています。そもそも前田さんが参加しなかったら、起業すらしていないでしょう。
──それはそうか。
川﨑 それに前田さんがいなかったら、おそらくこれだけの大成功は覚束なかったはずです。もちろんナベプロやホリプロもタレントパワーで大きくなった部分は大いにあると思います。でも起業とは直接関係していない。この差は大きいと思います。
──そういう意味では、社長の神さんと専務の鈴木さんが「前田日明以上の報酬を受け取るのはフェアではない」という理屈はわからないでもないです。
川﨑 前田さんの給料は月150万円だったと記憶しています。もしこれらのことが事実であれば、神さん、鈴木さんは象徴を下に置いたことになりますね。しかし前田日明という象徴を売ることで利潤を得ているんです。それを思えば、若い二人は走り過ぎたように思いますね。ちなみにわれわれ社員の給料は、その10分の1ってところでしたが(苦笑)。
──当時、周囲に指摘する人はいなかったんですか?
川﨑 いましたよ。でも「徐々に彼らの言うことを聞かなくなっていった」と後になって聞かされています。例えば道場を貸して下さっていた第一自動車の寺島幸男社長。寺島社長は神さんや鈴木さんにかなり好意を持って接していらっしゃいましたけど、その後、次第に距離を置かれましたからね。この頃のことは理由としてあったように思います。
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『神さんと鈴木さんは、あの時期にマンションを買って、会社でも不動産を購入していたみたいです。当時はバブルでしたから、投機の意味もあったのかもしれません。でもそれが即「横領」だったかというと……』ということで、横領を連想させる事象はあったものの誤解である(クロとは見なせない)というのが川﨑氏の見解となる。
給与の金額については『1984年のUWF』とは平行線となった。『1984年のUWF』では「当時の前田の年収は、UWFから支払われる固定給が2000万円弱、試合給、CMその他を含めれば約4000万から5000万円といったところだろう。一方、神社長の年収は約1200万円」とされる。見解の相違か、比較した時点が違うのか。
今回のネット記事には、佐山聡と佐々木健介の新生UWF移籍説に関しても言及があった。川﨑氏の耳には佐山移籍の情報が入ったことがなかった(他選手の場合は事前に情報が入っていた)ため、「僕は佐山先生の移籍はなかったと思います」とした。健介については「神社長との面談に来ていた健介選手と、会社の階段ですれ違った」「話だけは聞きに来たってことでしょう」とのこと。
ほか川﨑氏が前田と神社長の仲を取り持つような動きもあったが叶わなかった経過などにも触れられている。ぜひ全文をご覧ください。
ファンには有名な“缶コーヒー”差し入れも詳細に語られた。
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川﨑 それはやっぱりファンの方の熱心な応援がすべてだったと思います。本当に感謝しています。例えば翌89年1月10日の武道館大会の前売り発売日が、確か11月末だったんですけど、このときもファンの方がプレイガイド前で徹夜で並んでるんですよ。
──有名な話ですよね。僕も大阪球場のときは徹夜して並びましたよ。
川﨑 11月末ですから相当寒いんですよ。当時渋谷にプロレスショップの「レッスル」ってお店があったでしょう。レッスルはビデオ会社のクエストが経営していたんですけど、クエストの社長から「こんなに寒いのにもう並んでるよ」「寝袋とか持ってるよ」と連絡が入ったんです。それを聞いた鈴木専務が「よし、じゃあ差し入れを持って各プレイガイドを回ろう!」と決断したんですよ。
──やるなあ、鈴木専務!
川﨑 こういうときの専務の決断は早いんです。「社員だけで回っても仕方がない。選手も連れて行こう」「前高山(前田日明・高田延彦・山崎一夫)の3人は絶対連れて行こう」ということになりまして。
──前高山!
川﨑 そのとき前田さんと山崎さんは御自宅にいらっしゃいました。お二人には車を出していただきました。前田さんなんてポルシェですよ!
問題は高田さんですよ。自宅にはいなかった。今みたいに携帯電話がない時代。どこかで飲んでいるに違いないということで、何軒かお店に電話してようやく捕まえたんです。そしたら高田さんはベロベロで(笑)。
──それは危ないなあ(笑)。
川﨑 有楽町のニッポン放送チケットセンター、後楽園ホール、レッスル渋谷店、レッスル池袋店……都内だけでもプレイガイドは結構あるんです。それを「前田&山崎班」と「高田班」の2組に分かれて回りました。僕は「前田&山崎班」です。まず「近くのコンビニで熱い缶コーヒーをあるだけ買い占める」「その缶コーヒーを持って並んでいる人の前に現れる」というのが流れ。それで計画通り、暗闇から前田さんと山崎さんの二人が姿を見せたんですけど、まあ、みんな信じられないような顔をするんですよ。
──それはそうですよ。だって深夜ですよね。
川﨑 1時とか2時とかそれくらいです。全員が「うわー!」「すげー!」と大興奮。それが各所で同じことが起こるんです。お二人とも喜んでましたねえ。
──当然、高田班でも同じことが起こったんでしょうね。
川﨑 面白いのが高田班ですよ。同行した先輩社員から聞いたんですけど、高田さんは泥酔で連れて来られてるわけじゃないですか。だからやたらハイテンションで、行く先々でファンと抱き合ったりとか、自分から大騒ぎしたらしいです(笑)。
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いい話だ!
川﨑氏がインタビュー冒頭で新生UWFをこう総括している。
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川﨑 新生UWFの現場にいた人間としては、第一次UWFに限らず、新生の時代もとても濃密なものだったことは伝えたい。1年が10年に感じる、それくらい濃い日々だったんです。それに「UWFもプロレスだった」という一点に集約されがちなんですけど、入団した選手たち、入団しようとした若者たちは、本当に強くなろうとしていたのは間違いない。
確かにあの時点でやっていたことは今の総合格闘技とは違うものかもしれないけど、「誰よりも強くなることを強く願う者たちの団体だった」「それが後の格闘技ブームの下地になった」、この2点は無視できないと思うんです。
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活動はわずかな期間だったにもかかわらず、今もなお議論やまないUWF。その熱さは永遠である。
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前田日明「前田史観って言ってるらしいけど・・・」俺たちのプロレス7号で『1984年のUWF』に反論
こちらでは川﨑氏へのインタビュー記事のみならず、前田日明へのインタビュー記事も収録。読み始めたところだが、「あの本(『1984年のUWF』)では『前田史観』だ何だって言ってるらしいけど、俺は事実と現実を述べているだけであって、史観でも何でもない」と前田。『1984年のUWF』自体には前田史観との言葉は登場してなかったと思うが、著者である柳澤氏は出版関連トークイベントで前田史観という言葉をよく使っている。なお、インタビュー中で前田は「読んでない。でも周りからいろいろ入ってくるから」とした。
▼new! 俺たちのプロレス(7) (双葉社スーパームック)
4月22日発売!【前田日明】U-COSMOS、夢の懸け橋、そして幻に終わったリングス東京ドーム大会と “あの本 "について『1984年のUWF』に反論あり! 【川﨑浩市】U-COSMOS、藤原組ドーム大会、夢の懸け橋 各ドーム大会“それぞれの実情"を証言 【永島勝司(元新日本プロレス取締役)×鈴木健(元UWFインターナショナル取締役)】10.9新日本vsUインター全面対抗戦から22年……禁断の再会が実現!!
会員制だが、こちらでは『1984年のUWF』には描かれなかったリングスとの視点。
・ 『1984年のUWF』には描かれなかったリングスの実態……■金原弘光Dropkick『Dropkick』チャンネル(Dropkick編集部) - ニコニコチャンネルスポーツ
『1984年のUWF』では「リアルファイトは急速に減っていった」と書かれたリングスですが、当事者に話を聞いてきました。リングス恐るべしです!/『1984年のUWF』には描かれなかったリングスの実態……■金原弘光 https://t.co/LB9eiHYD5K
— ジャン斉藤 (@majan_saitou) 2017年4月20日
前田日明関連。
・ 藤波辰爾45周年興行をアントニオ猪木、長州力、前田日明らが祝福/ベイダーが久々に日本参戦するもリング上で倒れる プロレス-格闘技 カクトウログ
・ 藤波辰爾45周年リング去り際の前田日明を長州力が挑発!?/前田と握手&撮影権つき5・21アウトサイダー観戦ツアー情報 プロレス-格闘技 カクトウログ
バックナンバー。
□第168回 1986年の藤波辰巳「みんな選手が前田に触りたくなかった」シングル戦舞台裏は当時ファンの見立て通りだった【週刊 前田日明】
* 1986年の藤波辰巳「みんな選手が前田に触りたくなかった」シングル戦舞台裏は当時ファンの見立て通りだった
* 『1984年のUWF』談義は継続! 柳澤健氏「前田日明はUWFをプロレスファンの外側にいる一般大衆に届けた」
* 関西テレビ「桃色つるべ」今後のゲスト出演者予告に前田日明が登場! 関西ファンは続報を待て
□第167回 前田史観を巡る攻防! 『1984年のUWF』著者・柳澤健氏vs『前田に謝れ』提唱・徳光康之先生トークバトル詳細版【週刊 前田日明】
* 前田史観を巡る攻防! 『1984年のUWF』著者・柳澤健氏vs『前田に謝れ』提唱・徳光康之先生トークバトル詳細版
* 前田「去年女の子が生まれたんですよ」ちょっと来いTV収録で第2子誕生を報告。坂田亘フルボッコ動画についても言及
□第166回 高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り【週刊 前田日明】
* 高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り
【週刊 前田日明】はここまで。
今週も前田日明を追いかけます!
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>> 週刊 前田日明
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